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「日米を震撼させた旅」
「これまでで最も意義のある遠洋航海」
中国海軍艦艇の宗谷海峡通峡に対する中国国内の評価である。「日本の背後に突然現れた」この行動が日本に対する圧力だったと言うのだ。しかも、この行動は、突然発表された。
2013年7月11日、中露海軍共同演習「海上連合-2013」のウラジオストックでの閉幕式において、中国海軍副司令員・丁一平中将は、共同演習の成功裏の終了を宣言した。しかし、これだけで終わらなかった。演習に参加した中国海軍艦艇を分派して遠洋航海訓練を実施すると発表したのだ。丁一平副司令員は、「演習終了直後、演習に参加したロシア海軍艦隊は緊急出動の命を受け、出港して新たな訓練審査を実施する。中国側演習参加艦艇の編隊も直接海上に赴き、長期間の海上訓練を行う」と述べた。この編隊が宗谷海峡を抜けたのだ。7月11日、演習終了時に突如この行動を発表したのは、日本が7月9日に中国非難を強めた防衛白書を公表したことに対抗するものと理解できる。
更に、日本海における中露共同演習実施中に「舟山沖海域で実弾射撃訓練を実施する」と発表したことも、当該演習に連携していると言う。この時期に発表したのは、もし中国が日本に対して開戦を決意したならば、日本の南西から中国が、北西からロシアが同時に行動を起こすことを示すためだと言うのだ。これに、中国艦隊の宗谷海峡通峡が加わると、「日本を四方から攻撃するぞ」と圧力をかけていることになる。
ただし、日本が感じる圧力の度合いは中国海軍の実力にも依る。では、宗谷海峡通教が「日米を震撼させた」という中国海軍の実力はどのようなものだろうか。
実は、中国海軍が近代海軍としての意識を持ち始めたのは2000年前後である。中国海軍の訓練は、それまで、ほとんど日帰り訓練であった。朝、出勤して艦艇のエンジンをかけて出港し、訓練を実施して帰投、入港して家に帰るという訳だ。これは、「艦を家とする」海軍の発想とは全く異なる。短時間の訓練を主としていたことから、中国海軍は、当時、上陸阻止のために沿岸海域で敵艦艇を撃破するという運用思想であったと考えられる。陸上戦闘の海上版という程度の発想であろう。
しかし、2003年に初の駆逐艦とフリゲートの混合編成による訓練が実施され、海軍運用の意識の変化が明確になってきた。2009年の「遠洋航海訓練実施」宣言に代表されるように、現在の中国海軍はブルーウォーター・ネイビー(外洋海軍)を目指している。これに合わせて、中国海軍艦艇は大型化し、「中国版イージス」等の最新装備を整えつつある。そして、2012年9月25日には、初の空母を就役させた。新型の潜水艦も続々と就役している。艦艇の陣容だけを見れば、正に強力な近代海軍である。
それでもなお、海軍の運用思想を取り入れて10年程度の中国海軍には問題もある。中でも、補給に関する問題は根深いようだ。
2010年には、中国人民解放軍が全国規模の補給演習を行うと大々的に報道したが、その後、演習の内容はおろか、演習を行ったという報道さえされなかった。一般に、惨憺たる結果に終わったために報道できなかったのではないか、と言われている。中国海軍にとっても、補給は大きな問題である。2012年12月6日の『新華社』等が、「東海艦隊が西太平洋において『総合補給訓練』を実施した」とわざわざ報道したのは、未だ、補給が特に重視すべき項目であることを示唆するものである。
興味深いのは、補給の問題の一つに「食事」が挙げられていることだ。2009年頃の中国海軍には、「中華料理を食べるから頻繁に補給が必要なのではないか」という議論があった。欧米の食事を学ぶべきだと言うのだ。しかし、この問題の解決は難しそうである。2004年の時点で、人民解放軍総後勤部の承認を経て「中華料理と洋食を結合し、製品化して提供する」ことを主とする飲食保障の新モデルが作られていた。更に、これ以前に数年をかけて、「海軍艦艇部隊飲食保障メニュー指南」、「海軍艦艇部隊中華料理洋食メニュー管理システム」、「海軍艦艇部隊飲食保障方法」等、6種類の基礎的研究が行われ、食品加工方法、機械設備の装備、遠洋航海用食品改良の3つの標準が定められている。
このことから、「中華料理が問題だ」という意識は2000年前後には共有されていたと考えられる。それが、現在に至るまで解決されたようには見えないのだ。2011年2月には、未だ「単一の食事構造を打破して中華料理と洋食の結合を進める」という報道がなされている。また、2013年5月の『解放軍報』は、「潜水艦乗員は、三日間熱い料理を食べていない」という内容の報道をしている。これが美談になっていること自体、現在でも食事が大きな問題であることを示唆している
こうした中国海軍の活動を、「食事への執着」と笑うことは簡単だ。だが、同盟国のない中国は、誰かに海軍の運用を教わることが出来なかった。自ら解決策を模索してきたのだ。ロシアでさえ、中国を警戒して、装備品は供給しても運用のノウハウは教えてこなかった。この状況は、第2次世界大戦以前は英国海軍、以後は米国海軍に教えを乞うてきた日本とは大きく異なる。独自の努力には限界があることを示しつつも、沿岸でしか行動できなかった中国海軍が、短期間でその行動範囲を外洋に広げているのもまた事実である。
そして、この中国の「手探り」の状況も変わるかも知れない。ロシアが、近年、中国海軍軍人の教育訓練を実施しているからだ。2013年7月23日の『環球時報』は、「現在、ロシア軍訓練センターは中国水上艦艇、潜水艦、航空機搭乗員及び対空砲要員に対して訓練を実施している」と報じた。ロシア海軍のノウハウを学ぶことが出来れば、中国海軍の運用レベルは急速に向上する可能性がある。
実際、ロシアは、2012年に続いて2013年も「海上連合」演習を実施した。この中で、訓練指導部、合同司令部、艦隊司令部等の各レベルで両軍の混成を進めたとしている。また、7月9日には、演習の重点項目として、中露特戦隊連合部隊による海賊対処訓練を行った。今回の共同演習から中国海軍は多くのノウハウを学んだと考えられるのだ。政治的な意義が大きい演習だと言われながら、中国にとっては軍事的にも得るものが多かったと言える。
一方で、ロシアの真意を理解するのは難しい。共同演習実施の発表が、中国艦隊が青島を出港した当日の7月1日になったのは、房峰輝総参謀長のロシア公式訪問のタイミングを待った、或いは、直前に公表することで日本に対する衝撃を大きくすることを狙ったといった理由が考えられるが、対日圧力という政治的意義を強調する中国とロシアの間で、演習の調整が難航した可能性もある。
また、「海賊対処訓練」が重点項目の一つであったことから、「海上連合-2013」が、必ずしも日中開戦の一貫したシナリオに基づいた演習ではなかったことが理解できる。更に、中国艦隊が宗谷海峡を通峡した前日には、ロシア艦隊16隻が通峡しているが、これは、中露の連携を印象付ける反面、中国へのけん制とも取れる。
中国海軍の外観だけを見て脅威だと叫ぶのは無意味だ。しかし、運用能力を過小評価することも危険である。装備と運用を総合的に分析して初めて能力を検証できる。また、日本に圧力をかけるにしても中露共同が不可欠だが、ロシアにはロシアの国益と計算がある。中露共同の意義を理解するためには、日中、中露関係のみならず、米中、米露関係の影響を考慮する必要がある。
そして、脅威は能力と意図から形成されるのであるから、中国の意図の理解は不可欠だ。中国が、日本に圧力をかけると決断した思考過程等を理解しなければ、対応を誤る可能性もある。
最後に日本側の問題だ。有効に対処できれば、日本は震撼する必要はない。しかし、残念ながら、自衛隊は有効な対処ができないだろう。能力がないのではない。平時の自衛権が認められていないからだ。有事だと認定され、更に防衛出動が下令されなければ、自衛隊は軍事力として行動できない。現在は、法律の拡大解釈等によって、「警戒監視」等の軍事活動を行っている。
実際には、防衛出動が下令されるまでの武器使用は「警察権」及び「自然権(正当防衛等)」に依らざるを得ない。しかし、警察権は、軍艦や公船には及ばない。海軍艦艇及び海監等の船舶には対処出来ないのだ。ならば、「正当防衛だ」と言うかもしれない。しかし、自然権はあくまで個人に属するものであって、本来、部隊としての対処は出来ない。
日米が「共同作戦計画」を作成していると言う。しかし、日本の説明では、米軍と「共同作戦計画の研究」をしているに過ぎない。今は平時だからだ。米軍には「計画」であっても、日本には「研究」であって「計画」ではない。東日本大震災の捜索救難活動等において、日米共同が機能しなかったのはこのためだ。
一方で、法的に認めていないのに、実際には言い訳をして自衛隊を使用するのでは、日本は「信用できない国」になってしまう。そして本当に苦しむのは現場である。対処が認められていないのに行動を命ぜられる指揮官は、何をどう解釈すれば何が出来るのか、常に苦慮しているのだ。
日本は、まず足元を見直さなければ、中国に対して本当に震撼することになりかねない