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会社クビ、貯金ゼロ、妻は毎日泣いた…競馬裁判

競馬に笑い、競馬に泣いた男性に下された判決は「有罪だが、国税当局の課税方法は不相当」というものだった。競馬などの所得を申告せず、所得税約5億7千万円の支払いを免れたとして所得税法違反(単純無申告)罪に問われた元会社員の男性(39)。大阪地裁は23日、懲役2月、執行猶予2年(求刑懲役1年)の有罪としながらも、課すべき税額を約5200万円と約10分の1に大幅減額した。職を失い、預貯金も尽き果て、「妻は毎日泣いている」と話していた男性は、実質勝訴の判決に「裁判所に感謝する」と安堵(あんど)の表情。専門家からは「現行の課税方式は時代遅れ」との声も上がる。 ■有罪、だが大幅減額  5月23日午前10時、大阪地裁で最も大きい201号法廷には判決を聞こうと競馬ファンら傍聴希望者が詰めかけた。ダークスーツ姿の男性は緊張した表情で入廷。西田真基裁判長に促されて、ゆっくりと証言台の前に立った。  裁判長が主文を言い渡す。  「被告人を懲役2月に処す。判決確定の日から2年間、刑の執行を猶予する」  有罪宣告。だが、その後に地裁が認定した所得額と税額が読み上げられると、法廷の空気がにわかに緊張を帯び始める。検察側が起訴した金額からいずれも大幅に減額されていたからだ。  男性は競馬で稼いだ所得など約14億6千万円を申告せず、平成21年までの3年間で所得税計約5億7千万円の支払いを免れたとして、23年2月に在宅起訴された。  ところが判決の認定所得額は約1億6千万円、所得税額は約5200万円。検察、国税側が事実上、「敗北」した瞬間だった。 ■「妻は毎日泣いている」  男性にとっては、競馬に翻弄された日々だった。  男性はインターネットを利用しながら、競馬の予想ソフトを改良。16年から、過去10年間のデータ分析に基づく独自の条件設定で大量に馬券を購入していた。元手は100万円だったが、翌17年には数百万円の利益を上げることに成功した。  男性はこのとき、インターネットで検索し、馬券の払戻金は確定申告を行わなければならないことや、当たり馬券の購入費のみが控除されることを知った。  この時点で申告をすればよかったのだろうが、男性は恐れた。同年の払戻金の合計額は1億円を超えており、税額が、到底納税できないものになる危険性を感じたのだ。  その後も馬券の購入を続け、今回起訴された3年間だけで約30億1千万円の払い戻しを受けた。だが、国税当局の税務調査を受け無申告が発覚する。  刑事被告人となると、当時務めていた会社から退職勧奨を受け、仕事を失った。競馬のもうけなどから約7千万円を納税し、現在も毎月数万円を支払っているが、預貯金は底をついた。
 「妻は毎日泣いている」  被告人質問では切々と窮状を語っていた
男性の場合は「資産運用」

 公判を分けたのは、男性の馬券の購入方法だった。

 検察側は、競馬の勝敗は偶然に左右されるもので、もうけは一時的に生じる所得である「一時所得」だと主張し、外れ馬券は経費と認められないと主張。一方、弁護側は、男性が長期間、継続的に大量の馬券を購入していることから、「一時所得には当たらず雑所得」と反論していた。

 一時所得は給与所得や不動産所得などでなく、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外のもの。懸賞や福引の賞金、パチンコのもうけなどで、経費とできるのは「収入に直接要した金額」となっている。

 一方、雑所得は税法上のいずれの分類にも当てはまらないもので、先物取引や外国為替証拠金(FX)取引によるもうけが該当する。控除できるのは、「所得を生むための費用」と比較的緩やかだ。

 そして、大阪地裁判決。

 西田裁判長は男性のケースについて、「一般とは異なり、長期にわたって網羅的に馬券を購入している」と指摘。「金額も多額で、娯楽の域にとどまらない利益を得るための資産運用の一種」として、一時所得に当たらないと判断した。この結果、男性の購入した外れ馬券も経費と認められ、支払うべき税額は約10分の1にまで大幅減額された。

■「実態に即した課税を」

 「こちらの主張が全面的に認められ、実質勝訴。正当な法解釈をしてもらった」

 判決言い渡し後、男性の弁護人は大阪市内で記者会見し、判決を評価した。

 一方、国税当局には手厳しい。

 「国税の課税は明らかに誤り。たまたま、男性のように利益を上げた人がいて、その記録が把握できたからスケープゴート的に税金を取ろうとした」

 競馬の払戻金にかかる税金には専門家からも従来のやり方に異論が出ている。

 関西大の宮本勝浩教授(理論経済学)は「競馬場や場外馬券場でしか馬券が買えなかったころの課税方式で時代遅れ。インターネットで購入すれば外れ馬券の金額も把握できるから、外れ馬券も経費に算入できるようルールを見直すべきだ」と提言。

 また、税務訴訟に詳しい木山泰嗣(ひろつぐ)弁護士(第二東京弁護士会)は「検察や国税当局の法解釈は形式的で、実態に即した課税処理をするべき」と指摘する。

 この点、今回の大阪地裁判決も「払戻金を一時所得とする所得税の基本通達は、男性のような買い方を想定していなかったと考えられる。具体的な購入方法を考慮せず、画一的に一時所得に分類するのは通達の趣旨にも沿わない。具体的事案の内容に見合った判断が求められる」と述べている。

 男性は閉廷後、弁護人に「裁判所には感謝している」とほっとした様子で話したという。弁護人が読み上げた男性のコメントには、こんなことが書かれていた。

 「一定の利益があった以上、納税義務はやむを得ないので、無申告の責任はきちんと果たしたいと思っている。現時点では控訴をしない」

 そして弁護人は、こう付け加えた。

 「検察は控訴しないでほしい。控訴して彼を不幸な状態にするのはやめてほしい」


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