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フィルム映写機しか置いてない古ぼけた映画館の閉館とか、老夫婦が営む大盛りの洋食屋が廃業とかいったニュースが流れると、最後の一週間ぐらいワッと客が集まる現象がままある。その是非は置いておくとして、この施設にもグッドバイ・フィーバーが起きるか、それともあまりにも地方すぎて起きないか、どちらとも予想がつかないのが、来年(2014年)3月の閉館が決定した佐賀県は武雄市にある「嬉野観光秘宝館」だ。
「秘宝館」という言葉に即、反応する読者もおられようが、何それ? という方のために軽く説明しておくと、「秘宝館」は各地の温泉場などにある観光施設で、性器や性行為をテーマにした写真や絵画、立体造形物が収集・陳列された、性文化の啓蒙・啓発を目的とした博物館である。ことに人間の男女の様々な性行為を蝋人形や機械仕掛けの可動マネキンで造形した展示物は造形も露出度も過激で、本物の人間が演じたり写真や映画で見せたら即、刑法175条でお縄になりそうな表現も多い(ゆえに注目されたわけだ)。
70年代から80年代に秘宝館は日本全国で建造され、団体旅行ブームの時代には一世を風靡したがたが、90年代以降来場者の減少と施設の老朽化のために閉館が相次いだ。基本的にはどこの秘宝館も個別経営で、名前も「秘宝館」で統一されているわけではないが、現存するのは栃木県の「鬼怒川秘宝殿」、静岡県の「熱海秘宝館」そして83年にオープンした「嬉野観光秘宝館」のおよそ3館である(小規模な類似施設はまだほかにある)。
2009年に日本最大規模を誇った三重県伊勢市の「元祖国際秘宝館」が閉館した後、西日本で「秘宝館」を名乗ったのは「嬉野観光秘宝館」だけだった。それが消えると西日本から秘宝館文化は消滅する。
ちなみに武雄市にあるのに「嬉野」となっているのは、住所が武雄市だが嬉野市に近いこと、武雄にも旅館はあるが温泉街としては嬉野のほうが規模が大きく、その肩書きにしたほうが団体客に認知されやすいこと、それと何といっても嬉野市は佐賀県随一のソープランド街でもあり、ジャンルが近接するイメージからそのように命名しているのかもしれない。ちなみに開館当初は「嬉野武雄観光秘宝館」という名称で、現在も看板にはそう記されている。
さて、先日その「嬉野観光秘宝館」に行ってきた。文章から「秘宝館」の現在を感じていただければ幸いである。
まずはアクセスから説明しておこう。遠方から向かうなら福岡空港を利用するのが良い。博多からJRに乗り換え鳥栖・佐賀経由で武雄温泉駅まで一時間程度。駅から経済的に余裕のある人はタクシー、ないなら路線バスということになる(筆者は後者)。JR九州バスの嬉野線に乗って「長谷」という停留所で降りるとm周囲にほとんど建物はなく田舎のバイパスの向こうにひときわ目立つ巨大観音像が見えた。それが秘宝館のシンボルだ。
LCCなど格安交通を活用すれば東京から片道1万円前後。武雄市は話題になったTSUTAYAが運営、スターバックコーヒーを併設するモダンな市立図書館や競輪場、そして400円で入湯できるかけ流し天然温泉「武雄温泉」もあるので、遊びにはこと欠かない街なので、懐具合に余裕のある方はぜひ赴いてみてほしい。
秘宝館はどこでも、ほかの観光施設が隣接しない殺風景な場所にある。「嬉野観光秘宝館」も不安になるぐらい寂しい場所、しかも熱海秘宝館のように海が近く風光明媚なわけでもなく、山村の中にポツンと建っている。平日には貸し切りバスで乗りつける団体客もいないので、その日の客は自分一人だった。従業員はどうやらチケットブースにいるモギリの女性ひとり、館内は無人で動くマネキンは人感センサーで自動的に動いているようである。
入場するとまず赤い鳥居のお宮があり、ものすごい数の絵馬がかけられている。絵馬に書かれた願いのほとんどは子宝祈願だ(一部、巨根化祈願や早漏治癒なども)。
そこから続く順路は一人で歩くには恐すぎるお化け屋敷のような暗闇である。道祖神コーナーを抜けると突如、ガコーンと機械音が響き本当に肝を冷やす。最初の機械仕掛け「エロチック・ファンタジー 長崎オチンチ祭り(おくんち祭のパロディ)」なる交合型マネキンの周囲を龍のフィギュアが走る仕掛けだ。全裸の男女の人形は立位と後背位で完全に腰の位置も重なっており、これが雑誌のグラビアや映画だったら完全に手が後ろに回る。どういう理由で警察が放置していたかは不明だが、「秘宝館」はそんな法の手の届かない特殊空間でもあった。
2階は男根・女陰信仰、浮世絵、根付など民族学や美術趣味のコレクション展示が延々と続きいささか退屈だが、その順路を過ぎるとお待ちかね電動マネキンのオンパレードとなる。性技の使者スーハーマンやらノーパンのマリリン・モンローやら短小のブルース・リーやら、それこそリアルなマネキン・蝋人形のチン○マン○が延々と並ぶ。爆笑必至の素晴らしいアトラクションだが、館内たった一人では寂しすぎる。すでに動作しなくなった人形があったり、なにかが置かれてあったと思しき空きスペースに麻美ゆまや愛染恭子のAVチラシを貼って殺風景をごまかしている場所があって、切なさがこみあげてくる。
クライマックスは驚くほど巨大な噴水とマネキンのパノラマ「ハーレム」。この巨額の製作費をかけたであろう壮大な機械仕掛けを見るだけでも来場の意義は充分だが、これも故障箇所が目立ち、噴水の池もよく見ると汚れがひどい。自分以外誰もいない館内に、機械が作動するガコーンガコーンという騒音だけが反響、瀕死ながらもなお稼働する廃虚という雰囲気が強烈だ。確かにこれを全部メンテナンスするには金がかかりすぎるし、平日のこの客の少なさでは、どうにもなるまい。
出口近く、ビデオシアターというAVを見せるスペース(というか、団体客が集合する場所なのだろう)や、土産物売店も無人で無音。売店の壁の上方に、なぜか懐かしの裏ビデオの女王・田口ゆかりのモノクロ写真が。そういえば田口ゆかりは嬉野温泉のソープで働いたことがあったはずと思い出したが、今どき写真の女の正体に驚喜する客もほとんどいないだろう。
一人で寂しいのは当然だが、現在の「嬉野観光秘宝館」はグループで見にきても、かなり寂しい気持ちになってしまうかもしれない。出口でたった一人の客の退場を待っていた受付の女性に「閉館後、ここはどうなるの?」と聞くと「さあ、どうなるんでしょうねえ、アハハ」と意に介せずの様子。閑古鳥の現状では働いていてもかなりシンドイんじゃないかと邪推する。
今や温泉観光地は全国どこも、メインの客層を男性から女性へとシフトさせた。しかももっとも金を落としてゆくのは中高年の女性グループだ。そうなると「秘宝館」のような露骨なエロ施設が排除されゆくのはやむを得ない。
武雄市の旅館街では当地名産である陶芸品のオシャレなブティックが並ぶ観光ロードの中に、古びたソープランドがばつ悪そうに老残を晒していた。それは70年~80年における男性天国的温泉文化を、90年代以降のヒーリング型温泉文化が駆逐している姿を明解に見せつけた。「秘宝館」もまた昭和の温泉文化や商業界が男性中心だった時代の遺物であり、時代の断層の瀬戸際に建つ崩れかけた古城なのだ。
ただ、「嬉野秘宝館」の入口付近にある模擬神社に掲げられた大量の絵馬が子宝祈願だったことからも分かるように、秘宝館は子供を授かりたい夫婦がやってくるスピリチュアルパワー・スポットでもあるのだ。日本政府が真面目に少子化問題に取り組もうというなら、秘宝館のような施設の撤退を放置せず、保護する......とまではいかなくとも、せめてこうした啓発施設が庶民に敬遠されない文化政策を推進するべきなのだ。性行為が人間の根源的活動であることを直視せず、少子化という現象のみ問題視しても何の解決にもならない。その意味で「秘宝館」は昭和のキワモノとして珍重されるのではなく、その存続をもっと真剣に考えなくてはならない施設なのだ