リメークされた「太秦萌」のデザイン。インターネット上で「かわいくなった」と評判だ(京都市交通局提供)
初乗り運賃が210円と全国一高い京都市営地下鉄は、実は厳しい経営難に陥っている。烏丸線と東西線を建設する際にかかった建設費が重くのしかかっているのだ。ネックになったのは埋蔵文化財調査。トンネルを掘り進めるたび、文化財の調査が必要となり、想定より建設費が上積みされたという。財政健全化法に基づく経営健全化団体にも指定され、経営はいわばイエローカードを突き付けられた状態。この危機を乗り越えるためには利用客を増やすしかないと、市交通局が掲げた目標は「1日あたり5万人増」。オリジナルのキャンペーンキャラクター「太秦(うずまさ)萌」を誕生させるなど地道な取り組みを重ね、目標達成を目指している。(小川原咲)<a hrefspan></a> <span class="caption">リメークされた「太秦萌」のデザイン。インターネット上で「かわいくなった」と評判だ(
1200年の都、掘るたび遺跡が…8500億円もの建設費
慢性的な交通渋滞に悩んでいた京都市内。古都を南北に走る市営地下鉄烏丸線が昭和56(1971)年に北大路-京都間で営業を始め、順次延伸された。平成9(1997)年に東西線も開通すると、市内の交通環境は飛躍的に向上した。
しかし、その建設には約8500億円という莫大(ばくだい)な費用がかかった。バブル期で建設費が高額となったことに加え、京都という土地柄ゆえに、トンネルを掘るたびにさまざまな遺跡にあたるケースが多く、文化財保護法に基づく埋蔵文化財の発掘調査を繰り返し行うことに。多額の負債もあり、運賃の設定が高めになったという。
20年1月、烏丸、東西両線の路線が現行の状態になり、市交通局は4月からの20年度の年間利用客数を約38万人と見込んだ。しかし実際は約32万人と想定を大幅に下回り、経営がさらに悪化することになった。
そして、同年度の決算時には総務省から経営健全化団体にも指定された。運賃収入で運営費と建設費返済の利子すら賄えない、全国の地下鉄事業者の中でも最も厳しい経営状況に追い込まれた。
両面作戦で1日あたり5万人増
地下鉄経営を何とか好転させることはできないか。京都市交通局は、職員数の削減や給与引き下げによるコストカットを進める一方で、利用客を増やすことで収入を増やす「両面作戦」を進めていく。
22年4月、1日あたりの利用者数5万人増を目指す「増客推進本部」を設置。30年度に37万5千人に増やすという目標を立て、これまでさまざまな企画に取り組んできた。
1日あたり5万人の乗客を増やすといっても、口でいうほど簡単ではない。財政難の中で支出を抑えながら宣伝を行うには、関係機関とのスムーズな連携と職員のアイデア頼みというのが実情だった。
例えば24年に実施したのは市動物園との連携だ。園の最寄り駅、蹴上駅の「駅長」にふさわしい動物を選ぶ「アニマル駅長選挙」を企画した。市が「伝統産業の日」と定める春分の日の前後には、着物を着た人は地下鉄運賃が無料になる京都ならではのイベントも企画した。
階段にカロリー表示…手探りの取り組み
さまざまな取り組みの中で、交通局の庁内公募で集まった若手職員による「燃え燃えチャレンジ班」の活動は、小さな工夫の積み重ねで1人でも多くの人に地下鉄に乗ってもらおうという〝地道すぎる〟プロジェクトだ。
ポケット時刻表や乗り換え案内のチラシの作製…。中でも「地下鉄階段でのカロリー表示」という企画はユニークだった
階段が多い地下鉄は自動車などと比べて客から敬遠されやすい-として、「階段を使うことで『健康』になれる」というプラスのイメージに転換しようと、階段ごとに消費カロリーを表示したのだ。「痩(や)せたい人、階段へGO!」「今日も階段を上ってくれてありがとう」とのメッセージも付け加えた。
確かに熱心な活動ではあった。が、こうした取り組みで本当に乗客が増えるのか。チャレンジ班のメンバーたちにとっては手探りの活動だった。
萌えキャラ3人、認知度アップ
交通局の応援キャラクターを作ったのもチャレンジ班のアイデアだ。
「太秦萌」という女子高生のオリジナルキャラクターで市営地下鉄をアピールする試み。プロのデザイナーにキャラクターデザインを頼む予算はなく、イラストを作製したのは絵が得意な職員の家族だった。キャラクターを描いたポスターをほぼ手作りで完成させた。
オリジナルキャラクターは萌のほか、スポーツ少女の「松賀咲」、ちょっとクールな「小野ミサ」という、市内の高校に地下鉄を利用して通う幼なじみ3人組。親しみやすいキャラクターに育てようと、身長や体重だけでなく、性格なども細かく決め、地下鉄のポスターやホームページを舞台に活躍させることに。広報誌や磁気カード乗車券にも登場させた。
3人の素朴なキャラクターが乗客らにじわりと伝わり、次第に認知度も高まっていった。そして25年、新キャンペーンに合わせ、プロのイラストレーターにリメークを依頼することになったことがプロジェクトの転機になった。
京都市出身のイラストレーター「賀茂川」さんらが描き上げた新しい「太秦萌」たちが、インターネット上では「かわいくなった」「良い意味で激変」と話題になり、知名度が一気に上昇したのだ。
その後、二条城や京都国際マンガミュージアムといった施設やイベントとのコラボレーションも評判に。いまや市交通局の〝顔〟にまで成長し、地下鉄の利用促進に大きな貢献をすることになった。
目標37万5千人視野に
京都市内への大学のキャンパス移設や外国人観光客の増加により、地下鉄利用客は年々増え続けている。プロジェクトによる地道な試みの積み重ねも加わって地下鉄の認知度は高まり、結果的に増客につながっているようだ。
増客推進本部の設置初年度の22年度に1日あたり約33万人だった利用客は、25年度に約34万8千人まで増加、さらに右肩上がりの傾向が進んでいる。30年度の37万5千人という目標も現実的なものとして視野に入ってきた。
今後は、駅周辺の店舗などに駅までの案内サインを掲示してもらう取り組みや駅周辺地域の活性化も進め、さらなる利用客の取り込みを狙う。
目標達成に向けて職員たちの士気も上がっている。交通局営業推進室の田中良平さん(41)は「自由で柔軟なアイデアが実現できることは、職員のやる気にもつながっている。町づくりや観光イベントに地下鉄を活用し、市の発展に貢献していきたい」と話している。