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こんな疑念が穀物業界に広がっていた。
総合商社の丸紅が昨年5月、米国穀物集荷3位のガビロンを約2800億円で買収すると発表し、昨年9月に終えるはずだった買収手続きが7月上旬、ようやく完了した。冒頭の疑念は、自国の市場に影響が及ぶ合併などを審査する中国独禁当局が、尖閣諸島(沖縄県石垣市)国有化への報復として審査を遅らせた、という周囲の見方だ。
◆大豆にこだわる理由
「中国で独禁法の申請案件が増え、独禁当局の人手が不足していると考えている。当局から出された買収の条件も、2社の間にファイアウオール(仕切り)を作りなさいと言っているだけで、マイナスにはならないと会社として判断した」
丸紅穀物第一部副部長、福田幸司(41)はそうした見方を否定した。年間の穀物取扱高の見通しが一気に5500万トンを超え、日本勢初の穀物メジャー入りが決まった今回の買収。独禁当局が突きつけた「中国向け大豆の輸出・販売業務は2社が独立して行う」との条件は、大豆輸入市場をコントロールされるのを嫌ったため、との受け止め方も根強い。
中国が大豆にこだわるのはなぜか。政府が恐れるのは国民が不満を募らせやすい生活必需品の高騰だ。その一つが食用油であり、原料になるのが大豆なのだ。
「中国政府は、大豆の値段がどれだけ上がっても、食用油の値上げをしてはいけないという意識が強い。大豆価格の上昇で経営が苦しい中国内の搾油メーカーが値上げしようと申請しても、難癖をつけて止めさせようとする」。業界関係者はこう話す。
商社にとって中国はパートナーでもある。日本の大豆の輸入量は年間200万トン台なのに対し、中国は6千万トン以上に拡大。巨大な需要を取り込み、穀物の取扱量を増やせば、売り手への交渉力(バイイングパワー)が増すためだ。ただ、中国企業が本格的な商社機能を持つようになり、ブラジルで拠点を構えるとなれば話は別。「うかうかすると買うものがなくなってしまう」と商社幹部が言うように、脅威に転じるのだ。
「ブラジルの港湾の投資に中国企業が興味を示している情報も聞く。間違いなくサプライチェーンの上流を狙おうとしている」。商社の中堅幹部は断言する。
アフリカでは中国が農地買収を加速して国際問題に発展。ブラジルでも大規模な農地争奪の動きをみせたため、警戒したブラジルは近年、農地の外資規制に踏み切った。露骨な手法は取れないが、穀物トレーダーの引き抜き、搾油メーカーの現地事務所設置、政府や民間の使節団派遣などで進出の機会をうかがう
こうした動きに先手を打つため、日本の食糧調達を担う商社は、ブラジルや米国などの集荷会社の買収の動きを活発化させる。
「物流」の投資を進める丸紅はガビロン買収に先立ち、ブラジルで港湾会社を完全子会社化。主体的にコントロールできる穀物輸出港を確保した。三菱商事はブラジルの大手集荷会社を買収することを決め、米国でも集荷会社を買収した。
三井物産はブラジルの穀物会社を傘下に収めた。東京都の半分の面積にあたる約12万ヘクタールで商社初の穀物の直接生産に乗り出し、調達力を高める。同社マルチグレイン推進室長の角道(かくどう)高明(49)は「農業生産は、天候リスクもあって無謀だと言われることもあったが、日本の食糧安定供給の使命もあり、挑戦を続ける」と話した。
◆経済力の維持が鍵
中国は大豆に続きトウモロコシも2009年に輸入に転じ、その量は早くも約500万トンに膨張。約1500万トンを輸入する日本を近い将来追い抜き、最大輸入国になるのは確実だ。世界的に増産が追い付かなければ、本格的な穀物争奪戦に突入する
食は国家を支える根幹だ。穀物調達の最前線にいる商社マンはこう話した。
「世界は、金を持っているところだけが食糧を買えるという段階にすでに入った。日本の食糧安全保障を強くするには、買う力を強くするという一点に尽きる。中国の爆食の影響をどれだけ少なくできるかは、日本の経済力を維持拡大できるかにかかっている」(敬称略)=第5部おわり
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この企画は有元隆志、上原すみ子、岡部伸、加藤達也、河崎真澄、蕎麦谷里志、田北真樹子、田中一世、徳永潔、松浦肇、矢板明夫が担当しました。