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≪中東歴訪で外堀埋める安倍氏≫
安倍首相は総合戦略でロシアに立ち向かおうとしている。言うまでもなく、わが国の政策目標は北方四島の返還を実現しての平和条約締結にほかならない。が、残念ながらロシアは武力で得た他国の領土を手放そうとしない。
これに対し、安倍政権は包括的アプローチを採る。日露間に存在するさまざまな項目を個別に取り扱うのではなく、1つのバスケットの中に組み込む。歳末や年始に百貨店が行う「福袋」のようなパッケージにするのである。
こうすれば、領土をめぐる勝ち負けの結果が薄められ、「ウィン・ウィン」の印象すら生まれるだろう。首相が4月末にロシアを公式訪問した際、科学技術、農業、医療など広範な分野の財界人たちを同行させたのは、このような多角的戦略に基づいていた。
安倍政権の対露総合戦略は、地理的次元でも展開される。日露関係を単に2国間でなく、他の国々も巻き込んだ多角的な枠組みの中で捉える。安倍首相は、4月に訪露したその足で中東産油国を歴訪した。8月下旬にも残りの産油国を訪れた後でプーチン大統領との会談に臨む。日本には、エネルギー資源供給先としてロシア以外の選択肢がある。そのことを、言葉ではなく行動によってモスクワに伝えようとしているのだ。
交渉学のツボを押さえた見事な手法である。ただし、その実践においては若干のミスも目立つ。例えば、「3島論」や「島の共同経済開発論」を唱える森喜朗元首相を特使としてモスクワに派遣したこと。そして、4島返還はもはや無理と説く人物の内閣参与への起用、プーチン氏が「面積等分」に言及したことを早速、リークした側近に対するお咎(とが)めなし、等々である。だが、これらについての批判はここで繰り返さない。
≪「外務省に指示」は遅延戦術≫
代わりに、改めて指摘する必要があるのは、日本側をしてこのような弱気の発言や行動を起こさせる元凶となっている、プーチン政権側の頑(かたく)なな姿勢である。
そのことを物語る実例には事欠かない。安倍、プーチンの両氏が先の首脳会談で調印した日露共同声明中の次の一文がそうだ。「両首脳は、…平和条約問題の…解決策を作成させるとの指示を自国の外務省に共同で与えることで合意した」。「外務省に指示を出そう」とのくだりを見て、驚き失望した日本人は多いだろう。
なぜか。第1に、その既視感である。プーチン首相(当時)は2012年3月、朝日新聞との会見で同一の趣旨を既に述べている。「大統領に当選した暁に、私は(ロシア)外務省に向かい、日本との平和条約交渉を“ハジメ”と指示する」。実際、プーチン氏は数日後に大統領に当選した。その後、安倍首相との首脳会談まで約1年間、右の公約(?)を全く実行しなかったことになる
第2に、「外務省に指示を出そう」とは、平和条約交渉を「他人事」(袴田茂樹・新潟県立大学教授)のように見なす無責任な態度である。戦後68年の空白に終止符を打つ平和条約の締結はまさに大統領の専権決断事項ではないか。
≪2島論「確信犯」プーチン氏≫
第3に、プーチン大統領の、そうした他人任せの態度は、「プーチン主義」の建前と実態に矛盾する。「プーチノクラシー」(プーチン政治)は、万事トップダウンの「垂直支配」を建前とし、プーチン氏1人が全てを指導する「手動(マニュアル)統治」である。にもかかわらず、こと平和条約交渉に関する限り、「外務省の提案待ち」というのでは、プーチン氏の単なる逃げ口上、その場しのぎの引き延ばし作戦以外の何物でもない、と見ざるを得ない。
プーチン大統領は、日本との平和条約交渉について、なぜかくも不熱心な態度を示すのか。
まず、大統領自身が、2島返還以外のやり方で日本との領土問題を解決する意図を持っていないという点で、「確信犯」だからである。万が一、プーチン氏本人が日本側の主張に歩み寄る気持ちを持ったとしても、国内権力基盤が盤石ではないために、そうはなし得ないという事情も加わる。
さらに、プーチン氏は日本人の気質を誤解しているようにもみえる。日本人の国民性は、短気で何事もてきぱきと解決し、さっぱりしたい「行水型」である。このため、ロシア側にとり最善の策は、問題をぐずぐず先延ばしして日本人を焦らせるに尽きる-と。
結論として、安倍政権の対露政策は、次のようなものであるべきだろう。己の総合的戦略の正しさを信じる一方、それを実行に移す過程で戦術的なミスを犯さないよう留意すること。後者ゆえに前者を台無しにすることなきにしもあらず、だからである。