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「文化人はその時代を真っ暗だったという。それは戦後に生まれた迷信である」。戦前の真っ暗史観をこう揶揄(やゆ)したのは、コラムニストの山本夏彦であった。ハワイ大学名誉教授、ジョージ・アキタ氏の最新著を読むと、夏彦翁のコラムと同じ感性を感じる。ただ、アキタ教授のそれは、夏彦翁の変則斜め切りでなく、正眼の構えから一気に面を打つすごみがある。
「日本の朝鮮統治は現実主義と相互主義に裏打ちされた、より穏健でバランスの取れた政策の下に実施され、戦後韓国のあの驚異的な発展の奇跡の礎になったとの結論を下すに至った」(「『日本の朝鮮統治』を検証する」 草思社)
アキタ教授はその第1章から、妄想にまみれた民族主義史観を排し、事実を積み上げた研究成果を予告する。微妙な「日本の朝鮮統治」に挑み、韓国と米国の一部にある民族史観に修正の必要性を強調した。日本に「過去を直視せよ」と繰り返す韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領には、実証主義的な歴史学者の声を心静かに聞いてもらいたい。
アキタ氏はまず、元アイオワ州立大学教授のティーターズ女史が、明治維新からわずか一世代のうちに日本が「司法の独立」概念を取り入れたと称賛する論文を紹介する。彼女は明治24(1891)年に来日したロシアのニコライ皇太子が、警備の津田三蔵巡査に頭部を切りつけられる大津事件に着目した。
ロシアの報復を恐れた明治政府と世論は、ロシアに謝意を表し、大逆罪で「死刑に処すべきだ」と主張した。だが、時の大審院長、児島惟謙は皇太子を死に至らしめたわけではないと、謀殺未遂罪を適用して終身刑が妥当と判断した
政界に対する司法の壮絶な戦いを知るにつけ、平成22年に起きた中国漁船衝突事件をめぐる菅直人政権の政治決定を思い出す。仙谷由人官房長官(当時)が菅首相(同)の意向を踏まえ、中国人船長を釈放するよう法務当局に働きかけた(9月24日付産経)。那覇地検は船長を釈放し、官邸は「検察独自の判断だ」と責任を検察に押し付けた。近代化を推進した児島らの近代精神を踏みにじったといえまいか。
アキタ氏はティーターズ論文から、法至上主義の精神は「事件からほぼ20年後に始まった朝鮮の植民地化においても、朝鮮の人々に対する総督府の基本的な姿勢にきわめて重要な影響を及ぼし、公正さ、穏健さ、相互主義などの面で列強の植民地政策をはるかにしのぐ統治を朝鮮において可能に」と指摘する。
韓国でよく聞く「史上もっとも過酷な植民地支配」との非難には、欧米によるアジア植民地化の実態を明かして反証している。米領フィリピンをはじめ、仏独蘭英も含め、多くは強制労働と強制収容所で過酷な生活を強いた。
欧米の植民地政策に比べると、日本の朝鮮政策は教育や産業開発への巨額投資がなされ、公衆衛生に取り組み、ために朝鮮では一度も飢饉(ききん)がおきなかったという。アキタ氏は「従軍慰安婦」なるものが「性奴隷」だったというのは、「不適切な主張」であり、総督府は李朝時代からの悪しきムチ打ち刑を廃止し、「日本と同等の刑法制度を導入している」と指摘する。
朴大統領には耳の痛い話ばかりだが、迷信を冷静に受け止められる人には、真実を知る福音書になる。