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政治圧力の影
8月28日のこと。香港の汚職取り締まり当局が賄賂防止条例違反の容疑で、黎氏の自宅と、民主派リーダーで立法会(議会)議員の李卓人氏(57)の自宅と事務所を家宅捜索した。李議員は昨年から今年にかけ、黎氏から合計150万香港ドル(約2000万円)の献金を受け取り、その見返りとして、立法会で香港政府に「報道の自由」に関する質問をしたとみられているという。
だが、家宅捜索のタイミングからは、中国が8月31日に香港の選挙制度改革を発表するのを前に、民主派に打撃を与えて反発の気勢をそごうとした思惑も透けてみえる。献金について李議員は、「公明正大で合法だった」と主張し、収賄容疑を全面的に否定。黎氏も「私が民主派を支持しているのは誰の目にも明らか。違法性はない」としていた
その約1カ月前。7月下旬に、黎氏が李議員を含む民主派議員や政党などに過去2年間で4000万香港ドル(約5億4000万円)の資金を秘密裏に提供していたとする“怪メール”が出回ったことがある。7月1日には約51万人(主催者発表)もの市民がデモに参加し、選挙制度で民主派の候補を排除しようとする中国や香港政府へ、抗議の機運が高まった時期だった。
目障りな人物
その怪メールには黎氏の銀行取引記録など大量の個人情報が含まれており、黎氏とリンゴ日報は、「パソコンに“国家級”のハッカー攻撃を仕掛けられた」と反論していた。この問題で香港の親中派が民主派へ攻勢を強め、当局に調査を求めた結果、黎氏らの家宅捜索につながったようだ。
黎氏はそもそも香港のカジュアル衣料大手「ジョルダーノ」を成功させた創業者で富豪だ。北京で1989年に起きた天安門事件などへの反発から、反共産党政権の立場を貫き、95年にリンゴ日報を創刊。香港日刊紙として発行部数2位の30万部に育てた。アパレル王にしてメディア王という珍しい人物として知られるようになったが、中国の共産党政権からみれば、目障りな人物に違いない。
今年初め、やはり民主派寄りの香港紙「明報」の編集幹部が何者かに襲撃されて重傷を負った事件があった。この事件をきっかけに明報の報道姿勢が徐々に民主派から離れつつあるとの観測もある中、「リンゴ日報は香港に残された数少ない言論の自由の砦」(地元紙記者)になっていた。
家宅捜索はまだ第一幕
ただ、黎氏やリンゴ日報が今後、直面する歴史の激変期にあって、家宅捜索などは第一幕にすぎない。
香港の民主派団体は、金融街を大群衆でうめつくす街頭抗議「セントラル(中環)占拠」の実行を呼びかけている。これを違法行為と非難している中国や香港政府は「中環占拠」が実行された場合、黎氏を動乱の陰謀者などとして摘発する恐れがある。また、金融街封鎖で損害を被ったなどとして、金融機関などが黎氏に損害賠償を求める民事訴訟を起こす懸念もある。
題字に「リンゴ」を冠した理由を黎氏は、「もしアダムとイブがリンゴを口にしなかったら、世界に善悪はなくニュースも存在しなかった」として、旧約聖書にある“禁断の果実”を挙げた。その「リンゴ」まで取り上げようとしているのは、いったい誰なのか
■一国二制度 1997年に香港の主権が英国から中国に返還された際に導入された制度。84年の「中英合意」の上で制定された香港基本法によって、中国の主権の下、香港は「特別行政区」と定められて、外交と安全保障以外の「高度な自治」と、資本主義や言論の自由を含む民主社会制度の維持が認められた。返還から50年、すなわち2047年まで続く措置だったが、すでに香港域内の問題でも、行政長官選挙制度の改革など、香港の高度な自治をめぐる重大事項までことごとく、共産党指導部が決定権を握るようになり、制度の形骸化が加速している。中国は台湾統一工作にも一国二制度を利用したい考え。