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ハノイで「喧嘩別れ」となったトランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は6月30日、板門店で「電撃的な再会」を果たした。多くのメディアはこの会談を単なる「政治ショー」と評しているが、果たしてそうなのか。会談の一部始終を見る限り、確かに「ショー」と言える部分がある。
ただ、それが単純な「ショー」なのか。「ショー」と「実務」を二項対立的に捉えるよりも、当事者にとっての真の「実務」とは何かを見極めことがはるかに大事である。政治家のあらゆる「ショー」は、その真の「実務」遂行・達成のためのツールに過ぎない。では、当事者たちの「実務」とは何であろうか。
メディアも含めて米朝以外の「第三者」にとっての「実務」とは、北朝鮮の核廃棄だったり、あるいは日本にとっては拉致者問題の解決だったり、当事者によってはそれぞれ異なる「実務」を抱えている。
もちろん、「核放棄」は当事者である米国にとっても大事なアジェンダである。しかし、現状を見る限り、金正恩に核を完全放棄させることはほぼ不可能だということが分かる。「だからこそ努力するんだ」という精神論の次元に突入し、理想と現実のギャップを無視して実現不可能な「最善」を求めても生産的ではない。
そもそも論になるが、核放棄を求める最終的目的は、核の使用を根絶するためである。ならば、核が使われない一定の裏付けがあれば、核保有を事実上容認するのも「次善」ながら、一つの実務的選択肢となる。それを第一歩にし、今後の状況を踏まえて「最善」の実現を目指していく。そうした二段構え、あるいは三段構えのアプローチも考えられる。
ならば、金正恩が核を使用する動機付けを取り除くことが第一義的な課題設定となる。核を持とうとする国は概ね(超)大国とならず者国家の二種類である。ならず者国家は政権の存続を保障するために核を持つ。北朝鮮はどんなに射程を延ばして大陸間弾道ミサイルを手に入れたとしても、米国領土に一発でも打ち込む勇気などはない。
ならば、トランプの実務は果たして、北の核廃棄にあるのか? 答えはイエスであり、ノーでもある。「核廃棄」は「最善」となる満点回答でありながらも、実現の見込みがないと判断した時点で、「次善」の解を探し求めるのが「実務的」なアプローチである。その反面、「最悪」を避けるうえで、「次悪」を受け入れるのも同じ原理に基づく(後ほど詳述する)。
「政治ショー」と「実務」は必ずしも二項対立とは限らない。金正恩政権においてもまた然り。核開発それ自体も一種のショーにすぎず、そもそも米国本土にミサイルを打ち込む実務的な計画があるとは思えない。米国のルーズベルト大統領はアフリカのことわざを借りて「Big Stick Diplomacy(棍棒外交)」を作り上げた。大きな棍棒は殴り合うためのものではない。穏やかに話し合って、言い分を通すための道具なのである
金正恩はその辺の「帝王学」的な勉強をしっかりしているならば、棍棒を手放すことはあるまい。一方、トランプは、これを理解したうえで、むしろ棍棒を手放させるという非現実的「最善」を断念し、棍棒を振り回さないという「次善」の実現を第一義的な実務として課題設定するだろう。
ハノイ会談で失敗を喫した金正恩は憂鬱な日々を過ごしていた。このままだと、また棍棒を振り回し出すかもしれないから、アメとムチの併用で気分を晴らす必要がある。そこで、板門店で会おうよとトランプが声をかける。「ショー」と言えば、ショーなのかもしれないが、政治にはこのような実務に即した「エンターテイメント」が欠かせない。
板門店でトランプと握手する金正恩の笑顔はすべてを証明した。
板門店の電撃会談に先立ち、朝鮮労働党中央委員会の機関紙・労働新聞(ノドンシンムン)は6月23日という早い段階で、「敬愛する最高指導者・金正恩同志宛に米大統領から親書」と題した記事を掲載し、「敬愛する最高指導者同志はトランプ大統領の親書をお読みになり、トランプ大統領の政治的判断力と大きな包容力に謝意を表しながらも、興味深い内容について真剣に検討すると仰った」と報じた。
これは板門店会談へのお誘いを何らかの形で示唆するもの、あるいは新たな交渉条件を提示したオファーと認識すべきだろう。
さらに板門店会談後、7月1日付けの同新聞の記事を一部抜粋抄訳する――。
「最高指導者・金正恩同志は6月30日午後、ドナルド・トランプアメリカ合衆国大統領の要請を受け入れ、板門店で歴史的な対面を果たした。1953年停戦協定以降66年ぶりに、両国の首脳が分断の象徴であった板門店で歴史的な握手を交わした。……敬愛する最高指導者同志はトランプ大統領と120余日ぶりの再会で挨拶を交わしながら、大統領を案内して板門店の軍事境界線を越え、北側に踏み入れた。我々の領土を踏む歴史的な瞬間であった」
「敵対と対決の産物である軍事境界線の非武装地帯で北南朝鮮と米国の首脳が分断の線を自由に行き来、対面する歴史的な場面は、世界に大きな衝撃を与えた。長年の不信と誤解、対立と反目の歴史に秘めたこの板門店の地において、和解と平和の新たな歴史が幕開けしたことが示された」
「朝鮮半島の緊張緩和、朝米二国間の関係正常化にかかわる諸問題を解決するに当たり、課題の確認が行われ、相互理解と共感が得られた。……両国首脳は、今後も緊密に連携していき、朝鮮半島の非核化と朝米関係の正常化に向け建設的な対話を再開し、積極的に推進することに合意した」
「(板門店会談は)ひとえに敬愛する最高指導者同志とトランプ大統領の素晴らしい親交関係があってこその出来事であった。わずか1日で、このような劇的な会談が実現できたことを見る限り、今後も両首脳の親交は、第三者が予想できぬ良き結果を生み出し、あらゆる難関や障害を克服する神秘的なパワーとして機能し続けるであろう」
これ以上の解説は不要だろう。板門店会談は、金正恩の国内向けのショーとして絶大な効果をもたらし、金政権の正統性を裏付ける確固たるエビデンスとなったことは明白である。これによって金正恩がこれからしばらくの間、ミサイル打ち上げや核実験に踏み切る可能性はほぼゼロになったと見ていいだろう。これは「ショー」の「実務的」効果と言えよう。
トランプが笑っている。金正恩も笑っている。米朝の「喜劇ショー」に笑えないのは、中国の習近平主席である。中国は米朝交渉の仲介役を失い、北朝鮮カードを対米交渉に使えなくなるからだ。
板門店での米朝首脳会談。どうやら、中国は知らされていなかったようだ。金正恩と習近平はそれぞれ2011年と2012年に国家トップの座に就いたが、その後の数年間に会っていなかった。昨今、米中貿易戦争の激化に伴い、習と金が頻繁に会うようになったのも、対米関係をめぐって両者が利用し合ったり、様々な利害関係や思惑が入り交じることを背景にしている。
そこで中国に通告せずに、金正恩は板門店に出向きトランプと会うことになった。中国は裏切られた思いで、怒りを覚えずにはいられないだろう。金は中国にあるメッセージを送った――。
「中国なしでも、俺はトランプと会えるし、話もできる」
一方、対朝関係で中国の仲介役に期待を寄せては失望させられ続けてきたトランプもまた同じように、中国を排除し、米中朝の三角関係を断ち切ろうとした。このたびの板門店会談はまさに象徴的な出来事であった。
前2回の米朝首脳会談は決してうまくいったわけではない。にもかかわらず、トランプは金正恩との関係維持に腐心し、リップサービスも忘れることはなかった。中朝という二つの敵と同時に戦えば、敵同士の連帯を強めるだけで、米国には不利である。故に敵同士の分断が有効で、各個撃破的な戦略がベスト・アプローチとなる。トランプは帝王学に精通している。
中国と北朝鮮という二つの敵を前にどちらかを選択するというのは、日本人的な感覚では考えられない。選択というのは、常に「善」と「悪」の間で行われるものではない。「最悪」と「次悪」の間での選択も実務上度々必要となる。いや、時には「最悪」同士間という究極の選択を強いられることもある。その場合は、選択された方の「最悪」を「次悪」に改造したり、あるいは「最悪A」を利用して「最悪B」を除去してから、最終的に「最悪A」を殲滅する、といった「極悪型」アプローチもあり得る。
北朝鮮も同様な状況に置かれている。米中という「悪」同士から選ばなければならない。選択のルールも同じだ。金正恩は決して中国の子分でい続けることに満足しているわけではない。そこで「悪」同士である米中を天秤にかけて利用価値を見積もるわけだ。
トランプにとって北朝鮮と中国の二者、どちらも厳しい交渉が待っているが、どちらが比較的に容易に妥結できるかといえば、北朝鮮である。米朝交渉の主な障害はたった一つ、核廃棄である。ならば、「核廃棄」を「核凍結」に格下げすれば、妥結の可能性が出てくるだろう。
少し大胆な発想になるが、キーは、北朝鮮の改革開放を米中のどちらが主導するかだ。米国がその主導権を何らかの形で勝ち取った場合、38度線が対馬に下りてくるのでなく、鴨緑江に上がっていくことも一つのシナリオになる。
このような仮説が仮にその一部だけでも現実になった場合、板門店の米朝首脳会談という「ショー」は、歴史的ドラマの序幕と位置付けられるだろう。