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夕刊フジの別の拙コラム「『お金』は知っている」(10日発行)で、中国の習近平政権が党の機関メディアを使って、トランプ米政権に対して「米国債を売るぞ」という脅しをかけていることを明らかにしたが、実のところ、金融面で追い込まれているのは習政権のほうである。
グラフは人民元発券銀行である中国人民銀行の人民元資金量の前年同期比増減率と、人民元発行高に対する外貨資産の比率の推移である。
事実上の「ドル本位制」をとっている人民銀行は、外貨すなわち、国有商業銀行などからのドル買い上げを通じて人民元を発行する。
人民元は一定比率以上のドルの裏付けがあるという建前にして通貨価値の信用を保つという中国ならではの通貨制度である。買い上げた外貨は外貨準備または人民銀行資産として計上される。
党幹部を含め、中国の既得権者や富裕層に「愛国者」はおらず、ドル準備がなければ人民元は単なる紙切れとみなしてしまいかねない。人民銀行が人民元の対ドル相場を切り下げようとしたり、人民元安が進行しようものなら、人民元をドルに換えて国外に持ち出してしまう。それが「資本逃避」と呼ばれ、仮想通貨ビットコイン取引や香港経由の裏ルートが使われる。
習政権は数年前にビットコインを全面禁止したが、香港ルートについては塞ぐことに失敗した揚げ句に香港に「香港国家安全維持法」を強制適用し、監視を強化した。それでも資本逃避は年間2000億ドル(約21兆円)ペースで続いている。
外準の大幅な減少が続くと、外貨危機になりかねないので、対外債務を増やすことで急場をしのぐという綱渡りにより、3兆ドルの外準水準を死守しているのが現状だ。
グラフが示すように、2010年当時、130%に達していた外貨資産比率は下がり続け、18年からは7割ラインを維持するのが精いっぱいである。外準が増えない中でこれ以上の外貨資産比率を下げないためには、分母である人民元発行量を抑え込むしかない。
その結果、人民元発行高の前年比は18年にはマイナスとなった。中央銀行による資金追加発行はどの国でも、経済成長を支えるために欠かせないのだが、中国は金融の量的引き締めに転じた。
そして、武漢市発で新型コロナウイルス・ショックが勃発した今年でも、景気てこ入れに必要な人民元資金発行を増やさず、逆に金融引き締め策をとる異常ぶりだ。外貨資産7割ラインの保持が最優先するのだ。
習政権はそれだけ、外貨難に苦しんでいるわけで、冒頭に挙げた米国債売却は、自身のフトコロ具合から来るとみてよさそうだ。保有米国債は外準の運用手段であり、米国債売却は現金化のためなのだ。
ところが、中国共産党機関英文ネット・メディア「グローバル・タイムズ」はそんな窮状をおくびにも出さず、7月30日付で、以下のように開き直った。
「中国を含む世界の中央銀行は(コロナ恐慌を受けた)経済刺激のために米国がとっている攻撃的な金融政策には熱心ではない。中国人民銀行はドル資産の裏付けを必要とする金融の量的拡大を選ばない代わりに、中国は慎重かつ柔軟な金融政策を通じて国内市場の拡大を図る」と。
へーえっ、カネを全く刷らずに国内景気を良くできるとは、新実験だ。
もっとも、党による強権、全体主義体制という異形の市場経済システムならではの離れ業なのだろう。無理強いされるのは、日本などの外国企業で、いずれも利益を上げても本国送金を止められ、さらに追加投資を強要されるだろう。
■田村秀男(たむら・ひでお)