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「差別問題を考える場」
「大阪市は歴史的経緯を無視している」
9月25日。リバティを運営する公益財団法人「大阪人権博物館」は、市側の提訴を受けた記者会見を館内で開き、石橋武理事長がこう強調して憤った。
JR今宮駅(浪速区)を西へ約500メートル。市営住宅に囲まれた市有地約6900平方メートルに建つリバティは昭和60年に開館した。鉄筋コンクリート一部3階建て、延べ床面積約6200平方メートルの堅固そうな建物は、主要部が旧市立栄小学校校舎。50年に同校が移転するまで実際に児童が通っていた。
周辺は昔、渡辺村と呼ばれ、皮革加工などをする人々が集まっていた。リバティによると、敷地はもともと地元の有力者や住民の土地だった。昭和初期、子供たちの教育向上のためとして、市に寄贈した。一帯は戦後、部落解放運動が盛り上がった地域でもあり、人権に特化したリバティが置かれることになった
財団法人は部落解放同盟と大阪府、大阪市、府内の大手企業などの共同出資で設立され、初期の評議員名簿には、企業の役員や教育委員会幹部らの名が並ぶ。石橋理事長の言う「歴史的経緯」とは、こうした背景のことだ。
現在、人権や差別の問題に関する資料約3万点を所蔵。館長を兼ねる石橋理事長は、開館準備段階から学芸員などとして携わってきた。「見過ごされがち、避けられがちな差別の問題を継続的に考える場となってきた」と存在意義を語る。
きっかけは「橋下行革」
そんなリバティはなぜ、大阪市と対立関係に陥ったのか。直接のきっかけは「橋下改革」だ。
提訴後の7月23日、橋下氏は記者会見で「今までの(リバティの)役割は認めるけれど、今は時代が違う。公金で維持する施設ではない」と言い切った。
市が求めているのはリバティの立ち退き、建物の撤去、そして今年4月から退去まで1カ月あたり約250万円の賃料に相当する損害金だ。
市は平成26年11月、特定団体への支援は納税者が納得できる理由がなければ行わない-という橋下氏の意向のもと、それまで無償にしていた土地を年間賃料約2700万円として、10年間の事業用定期借地契約の締結と固定資産税の支払いを求めた。
リバティ側は「財政的に支払う余裕がなく、減免してほしい」と主張したが、双方の溝は埋まらないまま、訴訟に至ったのだ。
市が賃料を求めることになった遠因は、19年の橋下氏の府知事就任にさかのぼる。
文楽協会をめぐる騒動でも注目された補助金見直しの一環で、橋下氏は20年9月にリバティを視察。当時、リバティは運営費の約9割を補助金に頼っていたが、入館者数は8年度の約9万3千人から、20年度は約4万2千人に減少していた。
橋下氏は視察で、入館者の約3分の1を、教諭が引率するなどした中学生以下が占めていることを念頭に「発達段階の子供には分かりにくい」と展示内容を疑問視。公金投入の条件として「教育現場のニーズに応えるような博物館に」「子供が将来に希望が持てる学習施設に」と展示内容のリニューアルを求めたのだ。
「客観性、中立性を欠く」
橋下氏が問題視した展示内容とは、どんなものだったのか。
当時の展示内容を、リバティが18年に発刊した「総合展示図録」でたどると、部落差別の歴史、部落解放運動の原点となった全国水平社の活動、アイヌなどの民族問題といった歴史的な差別問題を中心に、障害者やエイズ、ハンセン病、学歴や家柄-といった項目が並ぶ。
概略だけ見ると特に問題はないようにも思えるが、仔細に展示を追っていくと印象は一変する。
「特定の運動の主張ばかりを紹介しているように思えた」。市民団体「戦争資料の偏向展示を正す会」の山田喜弘氏(50)=大阪市=はかつての展示内容についてこう指摘する。
山田氏によると、「私にとっての差別と人権」というコーナーでは、戸籍制度そのものに矛盾を感じ、平成16年に戸籍に記載がない子供の国籍確認訴訟を起こした原告女性のインタビューをビデオで紹介。結婚、出産、離婚をきっかけに社会のゆがみを問い始めた-といった内容で、原告女性の主張だけを取り上げていたという。
フェミニズムなどの運動スローガンの垂れ幕や米軍基地反対デモの写真といったパネルもあった。
さらに山田氏は戦時中の慰安婦についてのパネルにも疑問を感じた。「『慰安婦』にされた女性の証言」として韓国の女性の言い分のみを紹介していた。
パネルには、女性の名前や写真とともに語り口調の証言形式でこう記されていた。
情けのない軍人は刀抜いて暴れまくったり、これで殺すと言ったり、いろんな軍人たちがいました。妊娠して腹がでっかくなろうが、軍人の相手しなきゃ殴られるの」
「謝れば一番いいんだ。慰安婦にされたのも悔しいし、私の人生がこんなになったのに情けないし。何で人の国の戦争さ巻き込まれて慰安婦にされて、こんなざまになったのかということ考えると死んでも死にきれない」
歴史的背景や日本側の言い分の説明は何もない中、「証言をみて、思ったことや考えたことを書いてみよう」と小学生版のワークシートが置いてあった。
「子供が見て、考えたり、判断したりできるような中立の展示ではなかった」(山田氏)という。
保守系議員「反日施設」と批判
議会でも、リバティの展示内容に対して批判が集まった。
「展示内容が人権というものですが、むしろ私らから見れば反日キャンペーンだと指摘する声もある」(20年3月、自民市議)
「一部内容が偏っており、研修・啓発施設として適切なのかどうか。公平な客観性・中立性を備えた博物館として生まれ変わらなければならない」(16年11月、自民市議)
市議会の議事録に残る市議たちの言葉だ。
戦争に関する資料を展示し、かつては自虐的な「偏向展示」と指摘されていた「大阪国際平和センター」(大阪市中央区、ピースおおさか)もあったため、ピースやリバティに対し、保守系の府議、市議や有識者からは「人権、平和、平等、反戦を隠れみのに、ゆがんだ歴史観や主張を繰り広げる反日施設」と指弾する声が強く上がったのだ。
府市議会では、厳しい財政事情の中で、多額の公的支援と伸び悩む入館者数を取り上げ、「リバティを特別扱いするのは問題だ」との指摘もあった。
政治運動パネルを排除
橋下氏が府知事就任後に求めたリバティのリニューアルは、これまでの議論も踏まえ、「公的な教育施設」としてふさわしいかという視点で行われた。
府教委によると、まず「学校連携の方向性」について府教委と大阪市教委、小中高の校長らが検討。「『人間教育の館』をコンセプトに、人間性や社会性を自ら学び、人権感覚を身につけられる博物館」との位置づけを求めることになり、知事だった橋下氏にも方向性を報告した。
21年5月にはリバティと行政側が共同でプロジェクトチームを設置した。
「かつては確かに政治運動的な主張ばかりになっていた部分もある」。石橋氏が振り返るようにリバティ側も不備を認め、運動スローガンの垂れ幕やデモ写真といったパネルは排除した。大半を占めていた被差別部落などの歴史紹介の部分を縮小しつつ、「命の大切さや他人への思いやり」「職業意識の醸成」など、社会教育的側面も拡充する案を同年7月にまとめた。リバティ側が2900万円、府が900万円を負担して工事に着手、23年3月にリニューアルオープンした。
これで問題は収束か、とみられた。だが-。