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軍事作戦の遂行空間は陸から空、海、そしてサイバー空間へと広がっている。近年、安全保障を巡る概念は大きく変化し、世界各国はそれに伴って軍事改革(RMA)を加速させている。特に最近起きたスノーデン事件は多くの安全保障担当者に衝撃を与えた。分かっていたこととはいえ、彼が暴露した多くの事実によってサイバー空間での米国の行動が想像以上に進んでいることが明らかにされたからだ。それはもちろん中国も例外ではない。
その一方で中国軍のサイバー技術開発も注目を浴びており、アメリカのコンピューターセキュリティ会社マンディアント社が発表(2013年2月)した米企業などへのハッカー攻撃の背後に中国のサイバー部隊があったというレポートは世界に衝撃を与えた。中国軍サイバー部隊の具体的状況が報道されるのは初であり、上海に拠点を置くこの部隊(61398部隊)について日本でも連日報道された。
この61398部隊は総参謀部の技術偵察部(第三部)傘下の第二局所属とされる。部隊についての詳細な言及はなかったが、軍のサイバー戦への取り組みについて中国国内でも報道されたことがある。2011年にサイバー攻撃時のパソコン入力画像が映し出されて衝撃を与えたのだ。
しかし、そもそも中国がサイバー戦をどう考えているのか、軍がどのような考えに基づいて研究開発を進めているのかは依然として神秘のベールに包まれたままだ。ところがこのほど国営通信社新華社傘下の瞭望週刊社刊行の雑誌が軍のサイバー開発責任者のインタビューを掲載し、注目を浴びている。
そこで今回この情報工科大学(信息工程大学)の鄥江興校長(少将)へのインタビュー「サイバー戦は核ミサイルよりも脅威」を紹介する。2011年に報道されたサイバー攻撃演習が行われたのはこの情報工科大学のソフトであり、本ウェッジ・インフィニティでも取り上げたことがあるのでそちらも参照願いたい(2011年9月28日記事)。
* * *
【2013年12月号『瞭望東方週刊』誌(抄訳)】
鄥江興少将は中国工程院の院士(科学技術分野の名誉称号で、アカデミー終身会員のような身分:筆者)で、中国人民解放軍情報工科大学の校長を務める著名な通信情報システムの専門家である。彼はこれまで国の十数項目の重点プロジェクトに従事しており、中国の通信ネットワーク技術の発展に貢献してきた。
鄥将軍は世界初の模擬計算機の研究開発を率いた経験があり、メディアでは「中国大容量プログラム自動制御電話交換機の父」と呼ばれている。300万元(現在の価値で1億円超:筆者)の資金で15人の研究グループを率い6年で西欧と同性能の電話交換機を開発した。この技術により、電話交換機価格がライン1本当たり500ドルから30ドルに下がり、家庭電話器の設置費用を大幅に下げることが可能になり、1995年には政府に表彰された。
*以下インタビュー発言
最近、ヨーロッパの政府高官への携帯電話盗聴が暴露されてネット・セキュリティへの関心が高まっている。アメリカや韓国でサイバー軍司令部が設立され、サイバー競争が白熱化し、中国は懸念を抱いている。スノーデン事件は正常でない挑発には正常でない方法で対処しなければならないと警鐘を鳴らしている。
アメリカは計画的、体系的、全面的に準備を整えているから、中国は個別的、無秩序にではなく、体系的に対抗すべきである。サイバー戦は核ミサイルよりも脅威なのに、中国にはサイバー軍がないためネット空間は無防備状態だ。ネット・セキュリティがこれほど多く注目を集めるのにはいくつか理由がある。
(1)社会が情報化時代に入り、情報システムやAI(人工知能)への依存が高まりつつある。ハッカーや非政府組織がウイルスや「トロイの木馬」ウイルスで攻撃を行い、個人のプライバシーや企業の商業秘密、国家機密、軍事機密への侵害もある。(2)パソコン端末を使用する限り、ウイルスやトロイの木馬の感染は不可避だ。
(3)個人のプライバシー情報も商業価値の需要増加ポイントと見られるようになっている。(4)国を挙げてサイバー戦、情報戦の新たな戦争理論や技術を研究し、発展させている。(5)マニアや利益を目論む者、非政府組織が、ネット攻撃技術を濫用したり悪ふざけを行ったり、売り手、買い手となり、体系的商業行為を行うまでになっており、人々のネットワーク空間への不安や恐怖を煽る側面もある。
中国はサイバー・セキュリティで遅れが顕著で追いつくべく奮闘中だ。技術先進国は、情報技術やインターネット空間でも優勢であり、米国は圧倒的優位を誇る。彼らの戦略目標はサイバー空間行動の絶対的自由が制限を受けないよう圧倒的技術優位でサイバー空間を左右することだ。中国はハードウェア、ソフトウェア、機器、そしてシステムの大部分を米国等の先進国に依存している。エネルギー、交通、金融など国の重要部門も外国のソフトウェア、ハードウェア製品を使用しており、技術レベルでは不利な状況だ
。
中国ではまだ制度、体制、法律、政策から人々の防衛意識までが一体となった全方位の情報セキュリティシステムが構築されていない。我々はしょっちゅう「狼が来たぞ」と叫ぶが、羊の皮をかぶった狼は既に羊の群れに紛れていて我々はその脅威にさらされている。マイクロソフト社Windowsやグーグル社のアンドロイド、携帯マイクロチップのクアルコム、パソコンCPUのインテル社、AMD社、ARM社はみな米国企業だ。
サイバー戦は特殊な戦争であり、これまでの戦争形態と異なる。硝煙のない戦争であり、平時と戦時を区別しにくい。それによって破壊されるのは、情報通信インフラや各種情報システムだが、実体世界でも騒乱を起こしかねない。金融、交通運輸、エネルギーといった各システムで混乱を引き起こし、戦争遂行能力にも影響を与え、間接的に戦局に影響を与える。
現代社会はインターネットに依存しているため核ミサイルの破壊が局部的である一方、サイバー戦は一国ないし世界的規模で混乱を起こすことができる。この戦いに地域的概念がないためその影響は核ミサイルよりも大きい。ある国の通信系統が全てマヒすると金融系統も混乱に陥り、国民経済に混乱を引き起こし、社会は混乱し、戦争遂行意思を喪失する。これは核ミサイルでは得難い影響だ。
ところが中国軍は通信インフラ施設やネット空間の安全を守る職務を担っていない。これはとても深刻だ。言い換えれば、中国はサイバー空間で防御をとってない状態なのだ。国の情報設備の防御は始まったばかりで全国的な軍民共同スキームがない。規模も、成熟度も米国に遠く及ばない。
外国ではしょっちゅう中国のサイバー戦能力について何の根拠もない憶測が出され、山東省の技術専門学校がサイバー戦の中心だというものさえある。これは一種の悪意あるでっち上げでお笑いであり、中国の脅威を吹聴するものだ。
スノーデン事件が中国軍に与えた教訓は国レベルで、情報領域、サイバー空間での闘争は白熱化しており、国、政府、軍隊は非常な手段で、非常な力を投入して、サイバー空間と情報の安全を強化する必要があるということだ。普通に対処し、処理することはもはやできないのだ。スノーデン事件が警告するのは、我々は非常な方法によって非常な挑戦に対応しなければならないということである。
サイバー空間での作戦は、戦争の新領域である。
海、陸、空、大気圏外、サイバーという5つの分野での戦争が同時に進行しており、異なる地域、時間で作戦の偵察、攻撃、防御の各段階でサイバー戦は皆、どこかに関係している。そのため将来20年では情報化した軍隊が情報化戦争に勝つことが強軍の目標になる。
現在、中国軍は機械化と同時に情報化建設も進めているが、情報化は追従、模倣という面が強い。軍事学説、新しい軍隊建設、能力建設、装備建設、訓練、教育、というような分野でのイノベーションでは中国はまったくダメだ。各レベルで相手に先んじなければならず、非対称的な優勢を得られるよう具体的措置をとる必要がある。
我が軍は米軍による情報化建設における教訓や経験をくみ取ることができないでいる。兵士たちの資質を高める必要もある。情報化分野の教育、育成をどうするかについてこれまでのところ良い方法は見当たらない。個別の部隊、進んだ装備を備えた部隊は、少しはましだが、大部分、特に陸軍は遅れていて軍の情報化はまだまだ道半ばなのだ。
* * *
【解説】
中国軍のサイバー戦開発責任者が技術開発で米国に追いつき、追い越せと血眼になるのはそれほど奇異ではなく想定できることだが、それでも「目には目を、歯には歯を」と対抗心をむき出しにする様子にはぎょっとさせられる。国の予算がサイバー戦対策で重点的に配分されるということは権威主義体制の中国からすれば全く不思議ではない。ただ「透明なことではなく、透明化させられることが問題である」という指摘は日本にも当てはまることであり、サイバー面での技術革新、情報保全が求められるのは中国だけではない。
しかし、それにしてもマンディアント社が暴露したとはいえ、中国軍のサイバー戦開発についての実態、全容がよくわからないこともありその薄気味悪さは拭えない。昨年秋には中国国内で200万人もの人員を動員してネット監視を強化しているという報道(2013年10月16日記事)を紹介したばかりだ。昨年11月に開かれた今後の政治経済の動向を決める「3中全会」では、軍事技術面で「軍民融合」を進めることが方針にも明記されたばかりである。
サイバー戦の技術開発に民間企業が駆り出される可能性は大いにある。最近ではサーチエンジン運営会社百度の文字入力ソフトで入力内容が転送されるようになっていたという衝撃的報道があったばかりである。まして同社は、一昨年の日本政府による尖閣「国有化」措置時に中国語サーチエンジンサイトに島に中国国旗を掲げた画像を表示したことさえあるのだ。
国防動員、軍民融合の名のもとにIT企業がサイバー戦にも駆り出されるような事態になれば、その抗争は我々が思うよりもグロテスクなものになるかもしれないと考えると背筋が寒くなる思いだ。