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日本を取り巻くアジア情勢の変化 世界の情報を辛口で伝える情報部ログ 世の中はめまぐるしくかわっていきます その中で取り残されない為の情報をお伝えします Changing Asian situation surrounding Japan Tell the world information by information Department log The world is rapidly mood In order not to lag behind in its informed the <a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3BDZ68+72TSYA+4IRQ+5YJRM" rel="nofollow">なんでもまとめてお売りください!宅配買取「いーあきんど」</a> <img border="0" width="1" height="1" src="https://www19.a8.net/0.gif?a8mat=3BDZ68+72TSYA+4IRQ+5YJRM" alt="">
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創建から約1千年の歴史を誇る川越八幡宮(埼玉県川越市)で、御朱印帳がだまし取られる事件が発生していたことが21日、捜査関係者への取材でわかった。被害届を受理した川越署は詐欺容疑で犯人の行方を追っている。
捜査関係者などによると、16日午前10時ごろ、川崎市に住む男性会社員(68)が御朱印を押印してもらうため、御朱印帳を川越八幡宮に預け、番号札を受け取った。その後、「番号札を無くした」という女が神社に現われ、男性の番号を伝えて男性の御朱印帳を,ba持ち去ったという。目撃情報によると、女は40~50代くらいだった。
男性の次女(37)によると、持ち去られた御朱印帳は日光東照宮(栃木県日光市)の限定品で、すでに頒布は終了している。男性は平成29年から伏見稲荷大社(京都市)や建長寺(神奈川県鎌倉市)など各地をめぐって御朱印を集めており、川越八幡宮の御朱印で御朱印帳の最後のページが埋まるはずだったという。次女は産経新聞の取材に「家族にとっていろんな思い出が詰まった大切な宝物。とにかく早く返してほしい」と訴える。
埼玉県神社庁の担当者も「他人がお参りした御朱印帳を所持しても何の御利益もない。盗んだ方はすぐお返しするように…」と話している。
大阪市で28、29日に行われる20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)が近付く中、韓国では自国の外交的な孤立への自覚と不安感が強まっている。日米関係の一層の緊密化、中国の日本への接近、習近平中国国家主席の初訪朝による中朝首脳会談-。周辺国が活発な動きをみせる中、何もできない文在寅(ムン・ジェイン)政権に対し、韓国社会には焦燥感やいらだちの空気さえ漂っている。(ソウル 名村隆寛)
■結局孤立しているのは…
「日本パッシング(外し)を心配する安倍(首相)」(朝鮮日報)、「安倍首相に焦燥感」「日本が疎外される日本パッシングの懸念」「日本が最近の事態の流れから排除されたとし心配するのも無理はない」(中央日報)、「日本が衝撃を受け、前例ない首脳会談の急進行に戸惑っている」(KBS放送)
これら韓国メディアの報道は、昨年3月、トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と初の会談を行う意向を示した直後、連日のようになされていた。平昌冬季五輪への北朝鮮の参加や、3回の南北首脳会談で南北融和ムードが高まった韓国では「日本の孤立」を強調する論調が支配的だった。だが、状況は180度変わってしまった。
この韓国メディア報道の表現のうち、「日本」から「韓国」に、「安倍」から「文在寅」に代えれば分かりやすい。まさに韓国が現在、置かれた状況だ。現に韓国紙の多くが連日のように、「韓国外交の立ち位置が分からないという言葉がささやかれている」「韓米日対中朝露という伝統的対立の構図から、韓国だけが外れた」(朝鮮日報)などと、韓国の外交的孤立を深刻視し、焦りや戸惑いを隠さない報道を続けている。
■おもしろくない展開に
転機は、今年2月末にベトナム・ハノイで行われた2度目の米朝首脳会談が物別れに終わったことだった。文在寅大統領による米朝仲介役の夢も破れ、韓国では「南北関係強化の方針に固執すれば、韓国が外交的に孤立無援に陥る恐れがある」(朝鮮日報)などとする懸念が出始めた。
北朝鮮からは、韓国は「米朝の)仲介者ではない」と突き放され、米国との関係もぎくしゃく。トランプ米政権による中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)に対する禁輸措置により、韓国はいま、米中の間で身動きがとれない。
さらに、G20直前の訪韓が期待されていた習近平氏は、何と北朝鮮に行き、金正恩氏との蜜月ぶりをアピールした。「習近平訪韓」を報じた韓国紙の“スクープ”は、先走った単なる「飛ばし記事」に終わってしまった。
一方で、韓国メディアがこぞって嫌悪し続ける日本の安倍晋三首相は、5月にトランプ米大統領を国賓として招き、良好な日米関係を示した。また、G20サミット議長国の首相として注目され、米中露をはじめ各国首脳との会談などで多忙を極めそうだ。
27日に大阪入りする文在寅氏とG20で首脳会談が予定されているのは、現在のところ主要国では中国、ロシア、カナダぐらいで、韓国が「門戸を開いている」(大統領府)という安倍首相との会談も行われない見通しだ。第一、安倍首相はホスト国の首相として忙しい。こうした状況が韓国にとって面白いはずはない。G20での文氏の存在感以前に、韓国では「何をしに行くのか」「訪日してどうにかなるのか」といった冷めた見方さえ出ている。
■思い込みで一喜一憂
1年前、韓国メディアは「国際社会でつまはじきにされた日本が慌てて焦っている」と決めつけていたが、日本は韓国が“期待”したように「排除された」とは思っておらず、慌ても焦りもせず、冷静に朝鮮半島情勢を見守ってきた。そして日本なりの外交を展開してきた。その結果が現在の状況である。
韓国は喜々として「安倍に焦燥感」「衝撃を受け戸惑っている」「慌てている」と思い込んでいただけだ。「絶対そうに違いない」と、日本の孤立や焦りを期待したうえで、勝手に楽しんでいたのだ。
だが今、その韓国が自らの孤立を真剣に不安がっている。一方で日本は、韓国が必ずしも孤立しているとは思っていない。まさに思い込み。日本の失敗を喜び、成功を妬ましく思う、韓国らしい相変わらずの現象がいま、韓国で起きている。
■土壇場での逆転なるか
訪韓させたかった習近平氏を北朝鮮にさらわれた形で、G20での成果も期待できそうにない韓国。いわゆる徴用工訴訟で韓国最高裁が日本企業に賠償を命じる確定判決を出した問題で、韓国政府は日韓の企業による自発的な拠出金で原告(元徴用工と主張する韓国人ら)に「慰謝料」を支給する方式での問題解決を提案したものの、日本から拒否され、対日関係は泥沼から抜け出せない。
そこで韓国が、この最悪の現状を打破し、展開を逆転させる希望としているのが、G20終了後に予定されているトランプ氏の訪韓だ。4月に訪米したものの、トランプ氏との首脳会談を実質2分で打ち切られた文在寅氏は以後、トランプ氏の訪韓を熱心に要請し続けたという。G20の前が理想的だったようだが、とにかくトランプ氏は韓国に来てくれる。
韓国で出迎えるため、文氏はトランプ氏よりも先にG20会場の大阪を離れることになりそうだ。文氏にとって、G20よりもソウルでの米韓首脳会談の方が、目下の重要イベントなのかもしれない。
韓国で懸念が強まる中、文氏は土壇場で逆転し、孤立感から抜け出したいところだ。ただ韓国では、政府と政権与党以外は自国のことながら冷めた見方が多い雰囲気だ。
ドナルド・トランプ米大統領が、イランとの正面衝突を一時回避した。米軍の無人偵察機撃墜への報復措置として軍事攻撃を一度承認したが、攻撃開始のわずか10分前というタイミングで撤回したのだ。君子豹変(ひょうへん)の背景は何か。現在、外交的手段も模索されているようだが、イランの軍事関連施設などに対し、限定攻撃に踏み切る可能性は残されたままだ。
「昨晩(=20日夜)、イラン側の3カ所の目標を攻撃する準備を整えたが、(イラン側で)何人犠牲になるか質問すると(将官から)『150人』との答えが返ってきた。無人機への報復として軍事攻撃は不釣り合いだ。それで攻撃開始の10分前に中止を決めた」
トランプ氏はツイッターに、こう投稿した。
そのうえで、「急ぐことはないのだ。われわれの軍は最高の状態で、出撃の準備はできている。イランは決して核兵器を持つことはできない。米国に対して。世界に対して!」と警告した。
イランへの経済制裁は効果が出ているとして、追加の制裁に踏み切ったことも明らかにした。
トランプ氏の判断は、「戦略上の理由」なのか、「心変わり」なのか。
ロイター通信は、イラン政府当局者の話として、「イラン側はオマーンを通じ、米軍による報復攻撃について警告を受けたが、トランプ氏は戦争には反対しており、事態打開のためイラン側と協議を行いたい意向があるようだ」と伝えた。
トランプ政権は今後、中東の同盟国とも連携しながら、イラン側の出方を探り、対処する構えのようだ。
ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が23日、イスラエルを訪れ、ベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談する予定という。
原油価格の高騰など、世界経済を直撃しかねない中東での軍事的緊張は、今後どうなりそうか。
評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人氏は「トランプ氏による攻撃中止決断は、米軍の統合参謀会議議長クラスが戦火の拡大を恐れ、進言した可能性がある。そもそも、戦争は双方の読み違いで起きる。米国とイランは以前から対立しており、無人機撃墜によって『事実上の戦争状態』に突入したといってもいい。今回は攻撃中止になったが、偶発的な衝突で一気に軍事紛争に発展する可能性は大きい。一触即発の緊張状態は今後も続くだろう」と指摘した。
言論NPOが韓国のシンクタンク・東アジア研究院と共同で5月に行った世論調査の結果が発表された。「相手国に対する印象」を聞く質問で、日本では「韓国に良い印象を持っている」という回答が過去最低の20%となったのに、韓国では「日本に良い印象を持っている」という回答が過去最高の31.7%だった。ニュースというのは特徴のあるポイントを切り取って提示するものなので、ここに着目した記事が多かったように思う。発表翌日(6月13日)の朝日新聞の見出しは「相手国への印象 日韓温度差」だった。
この調査は、2013年から毎年この時期に行われている。今年で7回目だから「過去最低」や「最高」にどれくらい意味があるかは迷うところではある。特に日本側の場合、朴槿恵政権が慰安婦問題で激しい日本批判をしていた2014年が20.5%だったので誤差の範囲内での「最低」だ。それでも定期的に行われている日韓共同世論調査はこれしかないので、その意味でとても貴重な資料となる。今回は、この結果を読み解いてみたい。
相手国に対する印象の推移を見ると、日本での「韓国に良い印象」という回答は政治・外交的な動きに連動しているようだ。初回の13年が31.1%で、朴槿恵政権初期の日韓関係が悪化していた14、15両年はそれぞれ20.5%、23.8%と落ち込んだ。15年末の慰安婦合意を受けて関係改善への期待が出た16年は29.1%に上昇したものの、合意に懐疑的な文在寅政権の発足直後の調査となった17年は26.9%に低下。その後は低落傾向を続け、18年22.9%、今年が20%となった。
一方の韓国での「日本に良い印象」は、政治とは無関係に見える。13年以降の推移は12.2%→17.5%→15.7%→21.3%→26.8%→28.3%→31.7%。多少の上下はあるものの、一貫して上昇してきたといえる。言論NPOの工藤泰志代表は「日本への渡航経験」を理由の一つに挙げる。「訪日経験のある韓国人は、経験のない韓国人に比べて30ポイント近く日本への印象が良い」からだ。訪日韓国人数は、ちょうど13年ごろから急増している。12年には204万人だったのが、昨年は753万人。韓国の人口は5000万人なので、昨年の訪日人数は人口の7分の1に相当する。工藤氏の分析は妥当なものだろう。
この調査では理由も聞いている。途中で項目数を増やすことがあるので経年変化を見るには注意が必要だが、それでも貴重な資料となる。「良い印象を持っている理由」(2つ回答)は、日本側で「韓国の食文化や買い物が魅力的」と「韓国のドラマや音楽など文化に関心がある」がそれぞれ52.5%、49.5%と突出。韓国側では「日本人は親切で誠実」69.7%、「生活レベルの高い先進国」60.3%に集中した。一方で「良くない印象の理由」(2つ回答)は、日本側で「歴史問題などで日本を批判し続ける」が52.1%、韓国側では「歴史を正しく反省していない」76.1%、「独島(竹島の韓国名)をめぐる領土対立」57.5%だった。文化面では相手を評価するが、歴史や領土といった問題になると批判的になるということだ。
日韓関係が悪いという認識は両国とも昨年より増え、ほぼ同水準にある(日本40.6%→63.5%、韓国54.8%→66.1%)。一方で日韓関係が「重要だ」という回答は、日本50.9%、韓国84.4%で、どちらでも多数派だった。日本の方が少ないのは、「どちらともいえない/わからない」が27.1%にのぼり、韓国の6%より20ポイントも多いことが影響していそうだ。この項目に限らず、日本人より韓国人の方がはっきりと選択する傾向が強い。
ただ、将来展望などでは日韓両国に温度差が見られた。「良くなっていく」という回答を前年と比較すると、日本が18.3%から12.1%に落ち込んだ一方、韓国では25.1%→23.4%と横ばい。「悪くなっていく」という悲観論は、日本で13.5%→33.8%と大幅に上昇したものの、韓国では13.5%→18.7%と小幅上昇にとどまった。
韓国人に危機感が薄いのは、日韓関係の悪化が韓国にとって切実な問題だという認識が薄れてきているためだと思われる。この連載で繰り返し指摘してきたように、韓国にとって対日関係が重要だという意識はこの30年間で薄れている。だからこそ文在寅政権は、対日関係の悪化に有効な手を打てなくても平気な顔をしていられるのである。そして、これもまた連載で指摘してきたところだが、日韓関係の悪化は構造的変化に伴うものなので両国で政権交代があっても簡単には流れを変えられない。日本の専門家の間で多く語られているこうした認識が、日本の世論に一定の影響を与えた可能性もありそうだ。
日本の世論が大きく動きやすい背景には、「なぜ日韓関係は重要なのか」という理由の認識も影響しているかもしれない。
この調査には、「日韓関係は重要だ」と答えた人に理由を2つ挙げてもらう項目がある。日本は「隣国だから」(61.5%)と「同じアジアの国として歴史的にも文化的にも深い関係を持つから」(50.3%)が群を抜いて高い。その次にくる「米国の同盟国同士として安全保障上の利益を共有しているから」は22.4%だ。まずは「隣人なんだから」という情緒先行だ。実利が伴っているわけではないから、悪いニュースを見ると「もう嫌だ」となりがちだと考えられる。
これに対して韓国側は「経済面での相互依存関係を強めており共通の利益が多いから」(45.8%)が最多で、「重要な貿易相手だから」(43.7%)、「隣国だから」(40.1%)、「同じアジアの国として歴史的にも文化的にも深い関係を持つから」(39.5%)と続く。日本の重要度が低下しているといっても相対的なものなので、改めて聞かれれば経済面での実利に思いが至るということだろう。
現実には、日韓の経済的な相互依存は深まっているので、実利の面で両国にとって日韓関係は重要だ。日本にとってはさらに、安保面での理由が大きい。こうした点については、「日韓関係の構造的変化を考える」と題して4回の連載に書いたので参照していただきたい。
この世論調査は、日韓両国の政治家や研究者、ジャーナリストが討議する「日韓未来対話」の材料として実施されている。こうした対話は近年、日本側のフラストレーションを韓国側にぶつける場になっているのだが、多少なりとも韓国側に考えてもらう契機になるので大切だ。今年は6月22日に東京で開かれるので、そこでの討論の内容も何らかの形で報告したい。
毎年、5月末から6月中旬にかけ、天安門事件に関する報道が、我が国のメディアにも溢れる。
今年は事件から30年目の節目の年であり、習近平政権下で悪化する一方の人権状況に対し内外から強い懸念が表明され、米中間の厳しい対立はエスカレートするばかり。加えるに香港では、身柄を拘束された容疑者の中国本土引き渡しが可能となる「逃亡犯条例」の改定に反対する大規模な街頭デモが連日繰り返されている――であればこそ、1978年末の対外開放以後の中国で悪化する人権状況の“原点”ともいえる天安門事件関連報道が、例年にも増してメディアを賑わせるのも当然だろう。
だが30年前の天安門事件であれ、現在進行形で繰り広げられている香港の動きであれ、我が国のメディアが激変する事態を“情緒的”に報道するほどに、問題の本質から外れてしまうように思えて仕方がない。
たとえば天安門事件をリアルタイムで伝える30年前のNHKテレビの特報・特集番組(DVD録画)を見直してみると、特派員や専門家が熱っぽく語っていた「民主化運動は正義の戦いだから成功するはず」「『最高指導者』の鄧小平に率いられた保守勢力は後退し、趙紫陽を戴く改革派の政権が生まれるだろう」といった見通しは、現在に至る30年間における権力の一強化と経済の肥大化とによって打ち砕かれてしまった。
やはり経済発展は民主化を促すという見通しが甘すぎたのは当然としても、“願望というフィルター”を通して複雑な現実を紐解こうとする試み自体が、どだい無理な話ではなかろうか。
天安門事件前後の数年間をバンコクに住み、同地華人社会の動向を観察していた筆者にとって、天安門事件は中国の変動・変化に対する華人の振る舞いを見届ける絶好の機会だった。「絶好」などという表現は、犠牲者に対し甚だ申し訳ないことではあるが。
当然、彼ら華人も天安門事件に翻弄される中国人に一喜一憂し、華字紙は激しく反応した。いつもなら「莫談政治(政治を語る莫れ)」を貫く彼らだが、やはり行動せざるを得なかったのだろう。華字紙は連日北京における動きを詳細に報じ、社説で事件に対する自らの見解を明らかにし続けた。「中国人は中国人を殺すな」と叫ぶデモ隊が中国大使館に押し掛け、中華系寺院では犠牲者を追悼する法要が盛大に営まれ、華人社会の指導的立場にあった企業家も参加し仏前に手を合わせていたことを思い出す。
だが、我がメディアのように浮足立つことはなく、華字紙は権力闘争の推移を冷静に見極めながら事実報道に務めていたように思う。社説もまた我がメディアのように“原理原則”を自己満足気味に説き続けるのではなく、事態の推移に臨機応変に対応していた。
それというのも中国は華人にとっては父祖の地であり、体内を流れる血のルーツであり、であればこそ中国人は外国人でありえず、とどのつまりは《自己人(なかま)》だからだろう。彼らにとって事件は、やはり他人事ではなかったはずだ。
いま当時のメモを読み返してみると、華字紙の論調が天安門広場を取り巻く状況の変化に応じて微妙(巧妙?)に軌道修正していることに改めて驚かされる。
当初は開放政策による中国の発展を歓迎する一方で、インフレが庶民生活に打撃を与えるにもかかわらず、開放の果実が共産党幹部による不正によって独占的に摘み取られている――開放政策を歓迎しながらも共産党幹部による不正を批判し、学生の行動を強く支持し、共産党政権による早急な政治改革を求めていた。
だが、事件発生から半月ほど前の5月20日前後を境に状況は緊迫の度を加える。天安門広場を埋めた学生らの行動は過激化し、これを「暴乱」とする政府が戒厳令を布いたのである。
この段階に至って華字紙の論調は変化を見せる。共産党政権に対しては学生側との「対話」を、学生側には性急な行動を慎むことを求めている。
事件発生前日には強硬手段による「暴乱」の鎮圧を予想したのであろう。「鄧小平、李鵬、楊尚昆ら強硬派が政府の大勢を押さえた以上、学生による広場からの撤収こそが『予測し難い悲惨な結果』を招かない最も現実的な方法だ」との主張が見られた。
だが学生が教室に戻る以前に、広場に向かって人民解放軍の戦車が動き出したのである。
事件発生の報を受けた華字各紙の一面には、「天安門発生流血衝突」「血染天安門 暴行驚全球」「血賤北京城 武警向人群発射催涙弾棍棒打脚 百万人民奮起築人墻保衛天安門」などの文字が躍った。
タイ最大の華人団体である中華総商会は「中国政府が速やかに流血行動を停止することを懇請する。(10年来の開放政策の結果としての)成果を共同して守ることが破壊から中国を救うことだ。それが中国と中国人民の幸福である」との公開書簡を、在タイ中国大使館を通じて中国政府に送っている。おそらく、これが事件に対するタイ華人社会の総意だったのだろう。
以後、天安門広場を中心とする北京における惨状が次々に伝わるや、華字各紙は中国政府に「最大限の自己規制と再度の武力不使用」を呼びかける一方で、鄧小平らへの批判を強める。
だが鄧小平ら強硬派主導で混乱が収まり事態が鎮静化に向かうや、「学生を殺害した軍隊以外、個人名を挙げてどのように罵倒すればいいのか」と、中国政府批判をトーンダウンさせる。その一方で、「中国を孤立させ、再び閉塞・後退の道を歩ませるな。全面的経済制裁が招く悲惨な結果を考慮せよ」と、経済制裁を科す欧米諸国を非難した
学生に対する論調も大きな変化を見せる。
当初は全面的な賛意を打ち出していたものの、事態が鄧小平ら強硬派の力による鎮静化に向かうに従って、学生に対する批判の色を強め始めた。
「国家建設の功労者に対するいわれなき批判・悪罵は断固として許されるものではない。学生らがみせた“非礼”は我慢の限界を超えた」と、鄧小平ら革命の古参幹部に対する学生の振る舞いを咎め非難する。また経済制裁に加わった欧米諸国、ことにアメリカを強く糾弾した。
「(学生らが天安門広場に自由の女神像を建設したことは)アメリカのスタイルを持ち込むことと同じだ。(学生指導者が)アメリカの政治家と互いに連絡を取り合うなら、広範な人民の支持を必ずや失うであろう。(学生らが掲げたスローガンの)『民主』と『人権』に絶対的定義はないし、開発途上国に対する大国による内政干渉の口実になっている。耳に聞こえはよいが、実際には全く役には立たない」
鄧小平ら強硬派に対する批判、学生らの行動への賛意は事件発生直前までであり、事態が力によって納まるや、前者に対する批判は賛意に、後者に対する賛意は批判へと逆転する。これがタイの華字紙の論調に現れた変化であり、これもまた四捨五入してタイ華人社会の総意であったと見做せるように思う。その時、友人に向かって「変節であり、学生への裏切りではないか」と問い詰めたことがあるが、彼は「これが華人の立場だ」と応えるのみだった。
当時、事件に遭遇し、北京を脱出して列車を乗り継ぎながら上海にたどり着きバンコクに戻った友人は、「学生は北京指導部内の実態を誤解し、権力闘争に翻弄されたのだ。学生は社会の現実を軽視した。現実から懸け離れている『民主』を理想化し過ぎた。自らの力を過大評価し、余りにも性急に『民主』と『人権』とを求め過ぎた」と語っていた。
じつは1989年、中国政府は戒厳令を2回布いている。1回目は3月のチベットのラッサで、2回目は5月の北京である。
ラッサの場合は「分裂分子による騒乱を阻止し、社会秩序を維持し、チベット各民族の生命・財産・安全を保障するため」であり、北京の場合は「動乱を断固として阻止するため」というのが、戒厳令を下した理由だった。
タイの華字紙はラッサにおける戒厳令を支持したが、北京でのそれは当初は支持してはいない。我われの立場からするなら、共産党による人権侵害を意味する点では共通する措置だと思うが、なにが支持と不支持とを分けたのか。
ラッサにおける戒厳令に対しては、「根本的にいうなら国土分裂主義分子による騒乱を鎮静し、完全なる国家主権を守るためのものだ。海外華人は中国人民と共に戒厳令施行を断固として支持する」と、「国土分裂回避」を理由に賛成している。一方、北京での戒厳令に対しては「戒厳令は愛国民主学生運動への鎮圧を正式に布告したものであり、鎮圧命令を下した者は民族にとっては真の罪人である」とする。もっとも、後には「真の罪人」の措置に賛意を表明することになったわけだが。
こう見てくると華字紙が好んで掲げる「団結し、安定し、繁栄に向かう中国」という考えに基づくなら、チベットの「国土分裂主義分子」は許し難い。だが天安門広場を埋めた「愛国民主学生運動」は認めるべきだ、ということになるだろうか。ならば華字紙にとっての「中国」は飽くまでも漢族中心の、「団結し、安定し、繁栄に向かう中国」ということになりそうだ。
かつて天安門事件によって自らが掲げた開放路線が窮地に陥った時、鄧小平は「我が国は海外に数千万の愛国同胞を持つ」と豪語し、欧米各国による経済制裁に断固として立ち向かう意思を表明した。たとえばタイで巨大複合企業集団を率いるタニン・チャラワノン(謝国民)に典型的に見られるように、「愛国同胞」の企業家との間で「双嬴(ウイン・ウイン)関係」を結びながら経済制裁の苦境を乗り越え、やがて経済大国への道を驀進するに至った。
いま報じられるようにトランプ政権が繰り出す攻勢策に習近平政権が苦慮しているとするなら、おそらく「愛国同胞」のうちの誰かが必ずや「雪中送炭(雪の寒さに震えるヒトに炭を送る=苦境を救う)」を考えているはずだ。「風険投資(ハイリスク・ハイリターン)」である。
中国に対する固定化された一面的見方を脱する必要を、改めて感じる。華人という存在は、中国に対する多角的な視座を与えてくれると思うのである。