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時代を見通す日本の基礎情報

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桝添知事存在価値が消滅後は辞任のみ



舛添都知事の政治資金公私混同疑惑。なにが残念って、政治家ならウソでも銀座や赤坂の寿司を食べてほしいのに舛添氏は「自宅(別荘)近くの回転寿司屋」だった。もういけない、所帯じみてる。他には税金で「ホテル三日月」家族旅行疑惑もある。これも不思議なのがホテル三日月という選択である。妙に庶民感覚だ。
 今回の報道で「舛添さんにはノブレス・オブリージュの精神を」と番組でコメントしている人がいた。でもそんなことはわかっている。
『政治の世界でも「ノブレース・オブリージュ」、つまり「高貴なものには責任がともなう」ということを再認識すべきである。』
 これは舛添氏が自著で書いている文だ。タイトルはずばり『賤業としての政治家』(飛鳥新社・89年)。
 マックス・ウェーバーの『職業としての政治』 を前提にして書いているのは想像できるが、読みなおすと今回の示唆に富んでいる。
『賤業としての政治家』が書かれた当時はリクルート事件まっさかりの頃。東大助教授の舛添氏は、政治を「高貴な」仕事、つまり「貴業」と呼ぶ。利益を得るビジネスのような「実業」とは違うのだと。
 しかし、カネを媒介にして政治を「実業」の世界に引きずり込むと、政治は「貴業」から「賤業」へと堕落する。未来の都知事はこのように書いている。
 そして「善い政治」とは、普通の人々が常日ごろ政治のことを考える必要もなく、自分の仕事に集中できる状態だと説く。つまり、政治家のスキャンダルは、政治をあまりにも目立たせることになるから「悪い政治」だと。コストが高いと書く。
 まさしく今の舛添都知事をめぐる事態がそうではないか。家族旅行や家族との飲食費を税金で処理するのは、あまりにも庶民にわかりやすすぎた。庶民ウケしてしまった。
 私は、前都知事・猪瀬直樹の「罪」は徳洲会から5000万を借りていたことではなく、説明の場でオロオロしていたことだと今でも思う。トップがあの気の小ささでは東京が非常時になったときに信頼できないと思った。それに対して舛添氏の「救い」は、猪瀬氏よりも図々しそうなところだった。エラそうな雰囲気を伴う自称・高貴の気配で。
 だから海外出張の高額ホテル代も、湯河原への公用車通いも、「高貴キャラ」だから都民に尽くせるという論理なんだろうとしぶしぶ理解した。「おぬしもワルよのう」とニヤニヤできた。
 しかし今回の「税金で家族にメシを食わす疑惑」で舛添氏の高貴幻想は逆に消えた。
 それだけではない。公私混同の数々に私はヤバさを感じたのだ。セコさだけを問うてるのではない。もし東京が非常時になれば、都民を捨ててさっさと家族と逃げそうではないか。そんな「庶民感覚」にヤバさを感じるのだ。私的さを優先する人なのだから。
 舛添という都知事は「貴業」ではなく、やはり「実業」であり「賤業」だった。今まで自分を成り立たせていた高貴キャラがフェイクだと知れてしまった。
 つまり、存在価値はなくなったのである。
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