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差別と言われない韓国批判「対馬問題」番外編~

現在、在特会らを中心としたいわゆる 「ヘイトスピーチ」 に対して批判が集まっている。その集大成とも言える出来事が 「在特会の朝鮮学校への1,260万円の賠償金支払い」 という判決(※在特会が控訴) なのだが、だからといって日本・日本人が外国に何かされても黙っていなければならないという訳ではない。理由があるなら批判や抗議はして当然である。だが、その方法論に問題があるから在特会は四方八方から非難されているのだ。

 という訳で、今回は 「韓国に文句があるならこうやれよ」 というお手本を示そうと思う。取り上げるテーマは 「対馬問題」 だ。

 竹島に軍隊を送り込んで不法占拠(というか日本に対する侵略行為) を行っている韓国だが、それはおろか対馬までも自分達の領土だと主張している。

<中央日報より一部引用>

対馬も韓国の領土'で対抗...許泰烈議員

ハンナラ党の許泰烈(ホ・テヨル)最高委員は16日、日本の独島(ドクト、日本名・竹島)領有権明記問題と関連し、「'独島は韓国の領土'と主張するより、'対馬も韓国の領土'と主張するのが効果的な対応方法だ」と主張した。

許氏は「独島が日本の領土という証拠より、対馬が韓国の領土という歴史的な考証と資料のほうが多い」と述べた。

許氏は16日に開かれた最高委員会議で「かつて李承晩(イ・スンマン)大統領も対馬が韓国の領土という主張をしたことがある」と語った。

(中略)

許氏は「歴史的に見ても対馬が日本の領土となったのは明治時代から。 対馬島主は新羅や朝鮮時代まで韓国政府が任命した」とし「その後また日本の情勢が変わり、対馬島主が日本と韓国に同じように朝貢する中立地帯だった」と説明した。

許氏は「独島が日本の領土という論拠より、対馬が韓国の領土という、より大きな論拠と証拠を持っている」とし「'対馬も韓国の領土だ'という主張で対抗するのが良い方法だ」と語った。

 実は韓国が対馬を自国の領土だと主張するのは今に始まったことではない。彼らは以前から「対馬が韓国領だったという証拠がある!」 と言い続けており、実際にウソをホントとすべく活動を続けている。

  中でも有名なのは、李承晩政権のGHQに対する 「対馬・竹島の返還要求」 だろう。これはGHQが 「根拠がない」 として跳ね除けたが、韓国は今でも懲りずに草の根運動的に 「対馬奪還作戦」 を続けている。

[対馬は小さな韓国]
(中央日報 http://japanese.joins.com/article/565/71565.html?sectcode=400&servcode=400 より引用)

 この記事では、韓国人旅行者が多いので対馬にはハングルを掲げる店が多いという内容になっているが、そもそも日本海側は韓国人の不法侵入(密入国) 問題であるとか、違法操業問題などが絶えない土地である(石川~新潟辺りも同様)。今は単に韓国からの観光客を相手にしているだけかもしれないが、竹島が何をされたかを考えてみると安心していられる状況ではない。韓国の歴史博物館の中には、敷地内に 「対馬は歴史的に韓国領である」 と書かれた石碑が置いてある場所もあるのだが、これは彼らがそれだけ本気なのだという証明になるだろう。

 また、韓国の領土的な野心に対して、日本の政府(主に自民政権) はこれまで弱腰外交を繰り返し、なあなあで話を付けようと考えていたようだが、こうした領土問題でうやむや狙いというのは下策である。多少の事件・事故ならともかく領土が懸かった問題なのだから、相手に少しでも「可能性がある」と思われたら、何十年もネチネチと絡まれ続けて当たり前なのだ。捏造や実効支配をされないように、完膚なきまでに相手の主張の矛盾点を突き、こちらの主張を押し通すのが世界の常識である。

 では対馬のケースではどうのような主張をすべきだろうか? 幸いな事に、対馬は歴史的に日本の領土だったという証拠がいくらでも残っている。であるなら、まずはそれらを日本人が勉強し、積極的に主張していくべきだろう。ここでは日本・中国・韓国に残る文献を元に、韓国が 「対馬は韓国領だ」 と主張する理由をひとつひとつ 「潰していく」 作業をしてみたいと思う。

 韓国側が証拠として持ち出している資料の中で最も古いものは、(私が確認した限りでは) 高麗史(1085年頃) に 「対馬に "勾当官" という役職の人間を置いたという記述がある」 という点だ。ちなみに勾当官というのは要衝を統治させるために派遣した役職だと言うのだが、実はこれにウソがある。中華思想(※高麗は宋の朝貢国) においては、外交官や貿易窓口程度の役職に対しても "支配者的" なご大層かつ仰々しい名称をつけるものなのだ。まずこれを最低限の知識として覚えておかねばならない。

 だがこれだけでは不確かなように思われてしまうかもしれないので、次に対馬が韓国(朝鮮半島の国家) の領土だった事実がないという証拠を並べていく。

 結論から述べてしまうが、韓国は対馬が歴史的に自国領だと主張するが、実際に信頼できる資料から朝鮮と対馬の関係を見てみると、常に朝鮮(および中国の王朝) が対馬を侵略しようとして大失敗し続けているだけなのである。一時的に占拠されたという事実はあるのだが、毎回あっという間に日本に追い出され、継続して統治していたという実績がひとつもないのだ。

 対馬の一部が一時的に朝鮮に占拠されたというケースで最も有名なのが応永の外冦だろう。これは1419年に李氏朝鮮が対馬に侵略軍を送り込んだという一件なのだが、これについて誰でも確認できるソースとしてwikiから引用しておく。

 ◇

応永の外冦

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%9C%E6%B0%B8%E3%81%AE%E5%A4%96%E5%AF%87 

 李氏朝鮮では前年に世宗が即位していたが、実権は太宗が握っており、太宗は倭寇撃退を名目にした対馬への襲撃を決め、永楽17年(西暦1419年)6月、227隻17,285名からなる大軍を李従茂に率いさせ対馬に侵攻させた。この時期は対馬の有力者が明などに渡航して留守であることを知り、また同時に朝鮮国内の在留商人らを一斉に捕えて強制労働に当てるなど、防備の弱体に乗じ一般民衆を標的にした周到な計画であったことが知られる。また、太宗は号令の中で「古書によれば対馬は慶尚道に隷属する」と根拠の薄い主張を掲げた。6月17日に巨済島を出航したが逆風ですぐに引き返し、6月19日に再出航している。朝鮮軍は6月20日昼頃に対馬の尾崎浦(朝鮮王朝実録には豆知浦とある)附近へ上陸。一帯の一般船舶129隻を焼き払い20隻を奪い、民家1939戸を焼き払い、また104(実録には首級114)の民衆を虐殺したとされる。しかし6月26日頃には、仁位郡(実録では尼老郡)で対馬側の伏兵に遭い多大な損害を受け、李従茂の軍は尾崎浦まで退却、戦局は膠着状態に陥った。6月29日に朝鮮側は宗氏に対して対馬の属州化などを要求する使者を送るが宗氏に拒絶された。

 戦況は対馬側の反撃により膠着し、損害の大きくなった朝鮮側は対馬側の和平提案を受け入れ7月3日に巨済島へ全面撤退した。朝鮮側の被害は日本の資料では死傷者2500以上、世宗実録では6月29日の記録では死者百数十人、7月10日の記録では180人とされている。しかし総数の1%程度の被害で和平を受け入れるとは考えにくく、敗戦と自ら明記していることからも、実際の被害はもっと多かったと思われる。8月5日の記録では日本の戦死者20人に対し朝鮮側が百余名とされており、正規軍での対戦では朝鮮軍は日本軍に歯が立たなかった。このような弱体な有様は、保護された中国人の扱いにおいて「対馬での朝鮮軍の弱小ぶりを詳細に見たことから中国に返還できない」という記録や、朴実が敗戦の罪により投獄され、李従茂が国民への影響を理由に免罪となった記録事からも窺える。

 手短にまとめると、颯爽と攻めて来たのはいいが、勝てたのは一般人相手に奇襲攻撃を仕掛けて虐殺した時だけで、対馬側が軍隊を動かして対抗して以降はボロ負けが続いて追い出されたというお話である。

 このように歴史的な事実を元に考えてみると、韓国側の主張がいかに矛盾だらけかがよくわかる。

<韓国の主張>

対馬に勾当官を置いた(1085年)

・対馬の万戸(役職名) が朝鮮に貢物を捧げてきた(1368年)

・太宗は対馬が朝鮮の属国だったから軍隊を派遣した(1419年)

・対馬島は慶尚道に隷属した(1420年)

 上の一覧の矛盾点にお気付きだろうか? 韓国は高麗時代から対馬は朝鮮の領土だったと言い張っているが、ではなぜ自国領に軍隊を送り込んだのだろう? そしてなぜ朝鮮軍が撃退された記述が日本や中国の資料に残っているのに、対馬が朝鮮に降伏して属国になったという話になってしまっているのだろう?

 さらに言えば、対馬は殆ど対馬軍だけで朝鮮軍を島から叩き出したのであり、実はそれは朝鮮側の資料にも "敗戦" として記録されている。しかし韓国はこの自国の資料に残る敗戦の記述を決して表に出そうとしない。証拠として高麗史などを持ち出すまではいいが、その中の都合の悪い部分を無視してロジックを組み立てているのだ。

 資料という意味でさらに古い記録を持ち出すならば、有名な3世紀後半の魏志倭人伝にまで遡れてしまい、日本(倭国) の紹介として最初に出て来る名前が対馬国(對海國・對馬國)である。(ちなみに対馬国という名称が定まったのは7世紀)

 では次に712年に編纂された古事記に書かれている日本神話を取り上げてみよう。

<天地開闢と国生み>

 まず天と地がわかれ万物を造ったとされる造化三神が現れた。続いて何人もの神が誕生し、最後にかの有名なイザナギとイザナミが現れる。

 イザナギとイザナミは、天の浮橋から海に向かって天沼矛(アメノヌボコ) を下ろして海水をかき混ぜた。その矛から零れ落ちた海水や塩が積もり積もって、最初の "地面" である淤能碁呂(オノゴロ)島が誕生する。

 2人はこの島に降り立って夫婦の契りをし、国生みの儀式をしていくことになった。しかし最初はヒルコと淡島(形のあやふやな島) という不完全な子供ばかり生まれてしまい、どうしたものかと上司に相談したところ、「女から誘うのではなく、男がエスコートしろ」 と言われ、試しにイザナギがイザナミを誘ってみたら次々と健康な子供が生まれるようになった。

 こうして誕生した島とその順番は以下の通り。

※ただし古事記や日本書紀、さらにはその元になった伝承によって順番や該当する島はマチマチなので、ここでは古事記の記述を紹介します。

淡道之穂之狭別嶋(アワジノホノサワケノシマ)=淡路

伊予之二名嶋(イヨノフタナノシマ)=四国

隠伎之三子嶋(オキノミツゴノシマ)=隠岐

筑紫嶋(ツクシノシマ)=九州

伊伎嶋(イキノシマ)=壱岐

津嶋(ツシマ)=対馬

佐度嶋(サドノシマ)=佐渡

大倭豊秋津嶋(オオヤマトトヨアキツシマ)=本州

 これらを大八島国と呼び、これを以って日本の誕生とされる。これらの島々が生まれた順番から、実際の日本の政治的な成り立ちを妄想してみるとかなり面白いのだが、ここでは割愛する。ただ、対馬とは本州よりも早く生まれた由緒正しきイザナギとイザナミの子供だという点だけは覚えておくべきだろう。

 しかしこの国生みの話は文字として記されたのが712年な上に、あくまで神話なので、次にもう少し古い歴史的な事実を持ち出してみよう。

・遣隋使、遣唐使のコース

 607年に始まった遣隋使だが、合計4回派遣された全てにおいて 【九州~対馬~大陸へ】 というコースが選ばれた。 630年に始まった遣唐使でも、669年の6回目の派遣までは対馬を日本国内の拠点として経由している。 仮に対馬が朝鮮領だったとするならば、なぜ何度も何度も対馬経由のコースを選んだのだろうか? 当時の海の旅は生還率50%程度だったのだから、経由地として外国を選ぶような不確定要素は排除するのが当然ではないか?

・白村江(ハクスキノエ) の敗戦と防人

 百済救済のため出兵した白村江の戦い(663年) で唐と新羅の連合軍に敗北した日本は、報復を恐れて九州に防人を置いて国土防衛にあたった(664年)。この時、筑紫や壱岐と並んで対馬にも防人が置かれ、日本の国土防衛の最前線とされた。

 このように、韓国側が主張する最古の資料である高麗史(および高麗という国家の成立)より遥か昔から、対馬は日本が統治する土地であり、半島や大陸への玄関口だったのである。

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大阪・天王寺のホームレス老婆、段ボールの下に数千万円所有が発覚か?

伸び放題の白髪を腰のあたりにグルグルと巻き付け、90°に曲がってしまった腰をかばいながら、手製の乳母車を押して歩くその姿を見れば、だれもが「これは現実の光景だろうか?」と目を疑うほどのインパクトがあった。そして、かなり昔から路上生活をしていたので、「あれは、100年くらい住みついている」という噂話から、彼女は「100年ババア」と呼ばれるようになったらしい。

 そんな老婆には立ち退き騒動の渦中に信じがたい噂がささやかれた。数年前、天王寺駅の再開発にともない、路上生活者などの立ち退き命令が激しくなっていた頃。役所の作業員がとんでもない光景を目にしたという。その噂に詳しい、飲食店を営む男性Aが話を聞かせてくれた。

「役所の職員がいっぱい来てやな、段ボールハウスや寝床を撤去していきよんねや。あれは、かわいそうやったがな」

 たしかに今年オープンしたばかりの某ショッピングモール周辺には、それらしき段ボールハウスや路上生活者が見当たらない。かなり、厳しい立ち退き命令があったのだろう。

「ほんで100年ババアが住んどった寝床を撤去した職員の話やねんけどな......。何枚か重ねとった段ボールの床をガバっと剥がしたら、1万円札がキレイに敷き詰められとってんて!いやー、床一面って言うとったからね、数千万円以上はあったやろうな」

 おおよそ、100年にもわたって路上生活を続けるホームレスの老婆が本当にそんな大金を持っていたのだろうか? 疑わしい話だが、駅前周辺でその噂について聞き込みをしてみると、"100年ババア金持ち説"を裏付ける、有力な証言をいくつか得られた。

 中華屋の店主は、100年ババアの段ボールハウスまでよく出前に行っていたという。

「週に2回くらいですかね? あのおばあちゃんに出前してましたわ。ちゃんと代金もくれるし、注文する品数も多いんでね。良い常連さんでした」
また、ネットカフェの店長を務める男性も次のように語る。

「だいたい、1時間〜2時間くらいの利用でほぼ毎日来られてましたね。なにをしてたかは知りませんけど......。必ず、カレーやとかピザとかを注文してましたね。もちろん、しっかり代金ももらってました」

 これらの証言を得ると、「段ボールの下に数千万円」という噂は真実のような気がしてならない。そして、前出の飲食店を営む男性Aが現在の100年ババアに関して証言する。

「撤去のあとは、ちょこちょこ見かけたんやけど最近は見ませんな。近所の人の話やと琵琶湖にある高級な老人ホームへ入所したいう噂やわ」

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習近平主席と李克強首相、経済路線で激突! 「政権内クーデター説」も浮上



習近平主席と李克強首相、経済路線で激突! 「政権内クーデター説」も浮上

中国で、習近平国家主席と李克強首相の対立が鮮明になってきた。中国共産党の第18期中央委員会第3回総会(3中総会)は、習・李体制の進路を確定する重要会議だったが、閉幕後に発表されたコミュニケには何の新味もなかったのだ。李氏は国有企業改革を進めようとしたが、習氏が厚い壁となって立ちはだかったようだ。腐敗対策などでも温度差は歴然。専門家は政権内クーデターの可能性も指摘する。

 「今回の3中総会で分かったことは『改革はできない』ということだ」

 外交評論家の石平氏は、中国の絶望的な現状をこう語った。

 3中総会で最大の焦点となったのが「国有企業改革」だった。李氏は、国家主導型のいびつな経済から、民間主導の経済発展へと転換を目指す「リコノミクス」を推進している。石油や電力、銀行など既得権益を握る国有企業に切り込むことは至上命題だった。

 ところが、12日の閉幕後に発表されたコミュニケでは、「改革」という言葉が45回も踊ったのとは裏腹に、肝心の中身は「公有制を主体とし、非公有制(民営)も重視する」などとあいまいな表現に終始し、国有企業の特権は温存された。

 石平氏は「改革はかけ声倒れだった」といい、「一番の壁は、既得権をがっちり握る守旧派の江沢民(元国家主席)派だ」と喝破した。

 習氏が権力基盤を置くのは、中国共産党元高級幹部の子弟で構成される「太子党」と、江沢民派。国有企業にメスを入れれば、既得権集団の反発を受けて習氏の足元がグラつきかねない。事実、習氏は「公有経済、特に国有経済発展の活力を増強することを通じて非公有経済の発展を導く」と発言している。国有企業改革を目指す李氏とは、明らかに方向性を異にする。

 これとは逆に、習氏が熱心に推し進めるのが反腐敗闘争だ。

 習氏は昨年11月に共産党総書記に就任以降、「腐敗を根絶しなければ国が滅ぶ」として党幹部らの汚職・腐敗の一掃を掲げ、見せしめ的に一部の腐敗官僚の摘発を続け、倹約令まで発令している。
中国事情に詳しい作家の宮崎正弘氏は「いまの反腐敗闘争は、結果的にリコノミクスに打撃を与える」と指摘する。

 習氏主導の「倹約ムード」のあおりを受け、宴席などで好まれる「白酒(パイチュウ)」や、中秋節の伝統的な贈答品である「月餅」の売り上げは軒並みダウン。北京市商務委員会の統計によると、今年1~5月の飲食業界の売上高は前年同期比5・6%も減少した。

 経済政策を担当する李氏にとって、国内需要の冷え込みは致命傷になりかねない。腐敗の温床は、国有企業などの利権構造。ここに手をつけずに、表面的な倹約を打ち上げて景気に悪影響を与える習氏の政策は、李氏を中心とした共産主義青年団(共青団)出身グループにとって“ありがた迷惑”というわけだ。

 前出の石平氏は、今後あり得る「きな臭いシナリオ」について、次のように分析する。

 「李氏ら改革派が主導権奪還を図るチャンスは、江氏が死ぬ瞬間だ。そのときに、(共青団出身の)胡錦濤前国家主席が長老として影響力を確保する。それができなければ、残された道は革命しかない」

 折しも中国では、収賄罪などに問われ、無期懲役が確定した薄煕来元重慶市党委書記の支持者らが今月6日、新たな政党「至憲党」を発足させた。

 保守層(左派)や貧困層の間で、薄氏に対する根強い支持があり、厳罰で幕引きを図った習指導部への反発が背景にあるとされる。習氏はこうした不満をそらすためにも、毛沢東時代への原点回帰を唱えている。

 宮崎氏は「体質的には至憲党は、共青団に近い。『至憲党には共産党独裁体制の終結を求めた憲章(08憲章)に関わった知識人も潜り込んでいる』との情報もある。今後、習氏と李氏のどちらが至憲党を自陣営に引き込むかという綱引きが起こる」と予測する。

 中国共産党中枢での権力闘争の長期化も予想されるなか、安倍政権としては、腰をじっくり据えて対中戦略を練る必要がありそうだ

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「2060年には人口が3分の1に」日本人のセックスレスが絶滅を招くレベル

婦の間だけではなく、若い恋人同士の間でも深刻となっているのがセックスレス問題です。

 40代50代でのセックスレスであれば、「そんなもんだろう......」と納得もできるかもしれませんが、20代30代の男女でもセックスの頻度が少なくなっているのは少々問題アリ。日本人に増加する「セックスしない症候群」は、欧米人にはまったくもって理解不能なようです。

 そんな日本人のセックスレス事情を心配する声が海外でも広がっている模様で、海外メディアが取り上げた記事が話題となっています。

セックスレスの原因は日本社会にあり!?

 セックスレスの原因は日本社会にあるのかもしれません。かつてアダルト業界に従事し、現在はセックス及び人間関係専門のカウンセラーであるアオヤマアイ氏によると、現在の40歳以下の日本人は従来の人間関係に関心を失っているように見えるのだとか。

 彼女がカウンセリングするのは、男女両方。しかし、その多くが交際や結婚に興味を失っている一方、将来への不安や孤独感を感じている人も多いといいます。

 このような日本人が増えた背景には、日本の職場環境にある"保守的な考え方"が影響しているのではないかと言われています。女性の社会進出や出世も当たり前になっている今ですが、一部では「男は仕事、女は家庭」という考え方が根強く残っているのも事実。

 一方、フランスの国営銀行で働くトミタアイリさん(32歳)は、2つの大学の学位を持ち、流暢なフランス語を話すキャリアウーマン。彼女は、3年前に彼からプロ ポーズされましたが、彼よりも仕事への興味のほうが強いと気付き、結婚を断りました。以来、誰かと付き合うことにも興味を失い、今は仕事一筋の人生を楽し んでいるのだと言います。

 実際に、日本では70%近い女性が、第1子出産後に仕事を辞めてしまうという実態があります。世界経済フォーラムによると、これは世界でも最低ランクの国の1つであると位置づけられており、職場での男女平等性がまだまだ遅れているというのが現状なのです。

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韓国紙まで朴大統領の反日政策を批判 日本包囲網を米国に無視され目覚めた?

韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領に対し、同国メディアから批判が噴出し始めた。執拗な「反日政策」に苦言を呈するものだ。これまで韓国では、メディアが荒唐無稽な対日強硬論を展開して、政府が支持率低下を恐れて引きずられる構図だったが、まったく逆の現象が起きているのだ。一部の識者が安全保障や経済の危機を感じ取ったようだが、朴氏は改心するのか。

 「興奮しやすく感情的な気質、理性的な態度が求められるときに非理性的な行動を取ること。他人が何を言おうと、われわれが内輪で万歳を叫べばそれまでという態度。これらを放置していては、日本をめぐる問題は克服できない」

 朝鮮日報は13日、論説室長による「痛烈な自己(韓国)批判」といえるコラムを掲載した。

 このなかで、安倍晋三政権が目指す集団的自衛権の行使容認について、室長は「反対している国は、韓国と中国しかない印象だ」と指摘。韓国が科学的根拠もなく福島県など8県の水産物輸入を禁止した“放射能パニック”にも触れ、「韓国では公式の調査よりもインターネット上での根拠のない噂が威力を発揮する」と嘆いてみせた。

 朴大統領は就任した今年2月以降、加害者と被害者の立場が「1000年の歴史が流れても変わることはない」と言い放ち、安倍首相との首脳会談を拒み続けている

そのうえで、5月にオバマ米大統領、6月に中国の習近平国家主席と会談し、日本を歴史問題などで批判。今月上旬の欧州歴訪前には、英BBC放送などのインタビューに「日本の政治家が歴史問題で盛んに過去に逆戻りする発言をしている」「苦痛を受けた人を冒涜し続ける状況では得るものはない。(安倍首相と)会談しない方がマシだ」と言い放った。

 かつての日本なら、河野洋平元衆院議長のような政治家が、韓国をなだめるようなメッセージでも送っていた。しかし、昨年8月、当時の李明博大統領が島根県・竹島に強行上陸し、天皇陛下への謝罪要求を突き付けてから、日本の世論は大きく変わっている。

 朴氏の常軌を逸した反日政策や、韓国司法の日本企業に対する異常判決を受け、今年1月から9月の日本から韓国の直接投資額は前年同期比の4割減。韓国製品の日本への輸出も激減したのだ。

 こうしたなか、冒頭のように、韓国メディアの論調が変化している。

 中央日報も先月17日、政治国際部門次長の「当然の主張をしようと思う。韓国・日本の間で対話が必要ということだ」とするコラムを掲載。東亜日報は15日、1面の記事で「現在の韓日関係が互いに利益にならないという認識は韓国も共有している。朴大統領が主張する北東アジア平和協力構想も、今の韓日関係では実現が難しい」と朴政権を諫めた。
韓国メディアも、やっと目覚めたのか。

 本紙で『新悪韓論』を連載するジャーナリストの室谷克実氏は「一番大きいのは、米国の空気だ。韓国では、政府もマスコミも一緒になって日本の悪口を言っていたが、米国の知識人がいい顔をしないので、自分たちの行き過ぎに気がついた。決定的だったのは『日米2プラス2』だ」と分析する。

 先月3日、日米両政府の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で、米国は、日本の集団的自衛権行使容認に向けた動きを「歓迎」した。

 朴氏は前日、ヘーゲル米国防長官との会談で「時代に逆行した発言をする(日本の)指導部のせいで、信頼が形成できない」「日本は何の誠意も見せていない」などと日本批判を展開し、対日包囲網を形成しようとしたが、いとも簡単に無視されたのだ。

 対日外交の再考を促しているのは、韓国メディアだけではない。

 韓国外務省の金奎顕(キム・ギュヒョン)第1次官は今月8日、日本の集団的自衛権の行使容認について「歴史と直結させて訴えても国際社会ではあまり説得力がない」と“敗北宣言”をせざるを得なかった。

 しかし、朴氏にはこうした声もどこ吹く風のようだ。プーチン露大統領と13日に会談した朴氏は、共同声明に「歴史に逆行する言動が障害」と、日本を批判する文言を滑り込ませた。

 室谷氏は「いくら韓国メディアの論調が変わっても、朴氏は非を認めないだろう。よくて『黙る』ぐらいだ。日本としては、李前大統領による竹島上陸以降の非礼をわびるまで歩み寄る必要はない」と断言する。

 韓国メディアからそっぽを向かれ、部下の外務官僚から軌道修正を促されながらも、唯我独尊の日本批判を続ける朴氏。「裸の女王様」になろうとしている。

所詮 女の浅知恵 対外政策の根本をわかっていない 過去においても当時の大統領が
ベトナム戦争においての非を謝罪しても当時ハンナラ党の総裁であった朴クネ大統領は
猛烈に当時の大統領に抗議し 謝罪を撤回させた張本人


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