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時代を見通す日本の基礎情報

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中国軍に「制御不能」の懸念 8月15日控え突発的衝突の可能性

中国の軍事的挑発がエスカレートしている。沖縄県・尖閣諸島周辺海域への中国公船の侵入だけでなく、中国軍機が南西諸島を通過して太平洋まで初飛行したうえ、中国海軍のミサイル駆逐艦など5隻が、7・21参院選を挟むように日本列島を1周したのだ。中国経済の失速が指摘されるなか、習近平国家主席は「反日世論」に火をつけて、国民の不満をそらすつもりなのか。それとも、中国人民解放軍の一部が暴走しているのか

 「今までにない特異な行動で、今後を注視していきたい」

 安倍晋三首相は25日、中国軍のY8早期警戒機1機が前日、沖縄本島と宮古島の間にある公海上空を通過し、東シナ海から太平洋を往復飛行したことについて、こう語った。

 中国の対米防衛ラインである第1列島線(九州-沖縄-台湾)を中国軍機が越えて飛行したのは初めて。小野寺五典防衛相は「ますます中国が海洋進出していく1つの方向ではないか」と警戒感をあらわにした。

 さらに、防衛省統合幕僚監部は25日、中国海軍のミサイル駆逐艦やフリゲート艦など艦艇5隻が同日午後7時ごろ、沖縄本島と宮古島の間の海域を通過したのを確認したと発表した。5隻は今月3日に対馬海峡を北上、14日には北海道の宗谷海峡を通過した艦艇。中国艦として初めて日本列島を1周した。

 尖閣周辺の接続水域でも、22日に発足した中国海警局所属の船4隻が、24、25日と2日続けて航行しているのを海上保安庁の巡視船が確認した。同局所属の公船は武装しているとされる

英金融大手HSBCが24日発表した7月の中国製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値は、6月の確報値から0・5ポイント悪化し、47・7となるなど、
中国経済の減速が止まらない。国内で鬱積する不平不満を外に向けてガス抜きするのは、中国の十八番ともいえる。

 ただ、今回の軍事的挑発について、軍事ジャーナリストの井上和彦氏は「参院選で、安倍首相率いる自民党が圧勝したことも影響しているはずだ」といい、解説する。

 「中国が期待していた『反安倍・反自民勢力』が、参院選で壊滅状態となった。民主党時代とは違って、日本は今後、主権をめぐって毅然とした姿勢を取るとみられる。来月15日には、安倍首相や閣僚らの靖国神社参拝が注目される終戦記念日もある。中国の言葉に『文攻武嚇(ぶんこうぶかく)』という言葉がある。言葉で攻撃し、武力で威嚇して勝つというもので、日本を脅しあげて譲歩させようとしている。防衛省関係者も『ここまで挑発するとは…』と驚いていた。突発的な衝突もあり得る」

 確かに、中国メディアは参院選後、安倍政権への激しい論調であふれている。人民日報系の環球時報は、9月11日に尖閣国有化1周年を迎えることを挙げて、「中国は1周年の日を静かに過ごすことはあり得ない」とまで恫喝している。中国側の一連の動きは、習国家主席の指令なのか。

 中国情勢に詳しい作家の宮崎正弘氏は「習氏は就任以降、反腐敗キャンペーンを継続している。共産党幹部はアワビを食べていただけで失脚し、軍幹部は中国の国酒として知られるマオタイ酒すら飲めなくなり、みんな頭にきている。習氏の権力基盤は液状化しつつあり、人民解放軍の総参謀長すら横を向いている状態だ」という

沖ノ鳥島沖で洋上補給する中国艦艇(左)と補給艦(防衛省統合幕僚監部提供)。反日攻勢は、習近平国家主席の立場の弱さを示しているのか

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犯罪はびこるウクライナ集団レイプ「全身血だらけ、頭は裂け…」 悪徳警官が女性を殴打

息子と写真におさまるイリーナ・クラシュコバさん(29)=AP

息子と写真におさまるイリーナ・クラシュコバ、さん

市民の安全と財産を守るべき警察官が悪党となって乱暴を働き住民を恐怖に陥れる-そんな時代劇さながらの光景が、ウクライナの田舎町で展開された。AP通信は、レイプ被害者や関係者への取材を通じ、警察の腐敗に立ち向かう市民たちの嘆きを伝えた。

 29歳のイリーナ・クラシュコバさんにとって、なんの変哲もない夏の夜だった。静かな田舎町でシングルマザーとして暮らす彼女は、カモの面倒や12歳の息子と遊んで一日を過ごし、女友達と町のバーに踊りに出かけた。その帰り道、平和な日常が暗転した。彼女が当時の状況を振り返る。

 家路を急ぐ彼女に、2人の警官が近づいてきた。1人は、エブヘン・ドライザク警部補。酒浸りで住民を殴っては酒代をせびる悪徳警官として町では恐れられていた。警官はイリーナさんを車に押し込めて森に移動し、運転手の仲間も加わってイリーナさんを殴り倒した。頭骨が骨折するまで殴られた。そして、性的暴行も加えたという。

 イリーナさんは入院先の病院でベッドに横たわりながら、弱々しい声で地元メディアのカメラの前で証言した。顔は腫れ上がり、頭には包帯が巻かれたまま。AP通信は原則として、性的被害者の実名は伏せて報道するが、被害者自身が実名告発に踏み切ったので例外扱いとした
「彼らは私を抑えつけて殴りかかり、私のことをあらゆる呼び方でののしりました。私を犯したドライザクは、同僚に『お前もやるか』と聞きました。そいつは『ああ』と応えて、私を襲ったんです」

 暴行を加えた後、3人は車でいったん立ち去ったが、すぐに戻ってきた。明らかに、イリーナさんを殺すためだった。だが、辺りは暗くて見つけることができず、男たちが立ち去った後に、イリーナさんは何とか歩いて村の粉ひき小屋にたどりついた。

 小屋の管理人がイリーナさんを見つけたとき、彼女は血だらけで、局部を木の葉で隠しただけの裸の姿でサンダルを手に握りしめていたという。この管理人は、AP通信に「唇はさけて歯がむき出しになっていた。全身血まみれで、頭は裂けて、顔はむちゃくちゃ。至る所にあざがあった」と証言した

 同僚と運転役の男はすぐに警察に拘束されたがドライザク警部補はその晩に警察署で勤務があるとして自由のままにされた。1週間後、それを聞きつけた住民らが警察に詰めかけ、投石などで抗議した。地元の活動家は「抗議をしていなければ、奴らは逃げ切り、被害者を脅して口封じしたにちがいない」と主張する。

 検察当局は、警察署ぐるみでの隠蔽(いんぺい)を指摘ドライザク警部補は仲間の2人を殴って自分に不利な証言をしないよ強要していた。また、同僚の何人かは、犯行時に彼が署内で勤務していたとうそのアリバイ証言もしていた。警察署長は解任され、副署長は逮捕され、偽証をした同僚に対する捜査が進んでいるという。

この事件は、ウクライナで高まる腐敗を象徴しているとして注目を集めた。役人とつながった法律家、実業家、そして小さな町の警官までが、罪を犯しても罰を免れている実態が浮き彫りとなったからだ。統計によると、暴行から収賄まで警察の汚職に関する報告は、現在のビクトル・ヤヌコビッチ大統領が2010年に就任してから、急激に増加している。

 イリーナさんから乱暴の主犯者として告発を受けた後も、ドライザク警部補は町を一週間にわたり闊歩し続けた。出勤を続けたばかりか、自分が当事者であるレイプ事件の目撃者に対する事情聴取まで手がけたという。一味による長年の乱暴ぶりとあいまって、事件は町中に怒りの渦を引き起こし、数百人の住民が警察署へ抗議に詰めかける事態となり、やっと警察は逮捕に踏み切った。

 イリーナさんの事件は、近くの町で前年に起きた若い女性に対する暴行事件とも酷似している。ただ、この女性は、レイプされた後に放火され、2週間後に病院で死亡している。容疑者3人が拘束されたが、うち1人が地元に強力なコネがあり、すぐに釈放された。国内で抗議の声があがり、3人は再び拘束され、1人は終身刑、2人は14~15年の刑を言い渡された

 イリーナさんの事件をきっかけに、首都キエフでは、警察の腐敗に抗議した数百人による決起集会が開かれた。330キロほど南に離れたイリーナさんの地元から歩いて参加した人もいた。しかし、抗議活動は治安警察により一夜にして排除され、活動家数人が拘束された。
ウクライナの人々は、権力による腐敗の蔓延(まんえん)に疲れ果てた、と口をそろえる。わいろに信号無視、レイプや殺人など、治安当局や官僚が結託して罪をかばい合う構造に、立ち向かう術を見つけられずにいる。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、ウクライナでは警察による暴力がはびこっており、規制当局も捜査しようとしない。「(イリーナさんの事件に対する)住民の抗議は、人々が政府職員による犯罪の取り締まりを信用していない実態を物語っている」という。別の調査機関によると、国民の半分がこの2年ほどで腐敗が急速に増えたとみている。

 イレーナさんの母親、マリアさんは、犯人が裁きをくぐり抜けて戻ってくる恐怖をAP通信に対して涙ながらに語った。

 「なぜこの世はあんな獣を地上に送り込んだのでしょうか。私は拷問を受けさせるために子どもを産んだのではありません」

警官による暴行を病院のベッドから告発するイリーナさん。2日、地元紙のウェブサイト

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、中国代表にへつらう韓国メディアの不愉快…“「小日本」と書く無知な中国人観客

「中国サッカーの弱さは世界の笑いもの」とのコラムを書いたとたんに、東アジア・カップ初戦で日本代表が中国代表と3-3で引き分けた。“ザック・ジャパン”のふがいなさに情けなくなるとともに、中国や、東アジア・カップ開催国である韓国のメディアがこの試合をどう見ているのか、気になって調べてみた。

引き分けで「かっこいいデビュー」?

 韓国紙中央日報(電子版)は「改革した中国サッカー」との見出しで、「中国の立場では勝利したのと変わらない引き分けだった。アジア最強のライバル日本を相手に収めた結果であるため、意味は大きかった」と中国代表を持ち上げた。

 また、前任のカマチョ監督の解任に伴いチームを率いることになった中国代表の傅博監督代行の経歴を、韓国代表の洪明甫新監督と重ね合わせ、「短期間で選手団を掌握できる兄さんタイプのリーダーだ」と絶賛。「かっこいいデビュー戦となった」と、まるですり寄らんばかりの姿勢だ。

 一方で、中国紙環球時報(電子版)は「中国サッカーにはまだ長い道のりが必要」と冷静な報道姿勢。そのうえで「中国代表は期待されていることをどのようにやるのか見つけたように見えるが、日本のトップクラスの選手(つまり欧州組)が東アジア・カップに参加していないことを無視するわけにはいかない」と的確に分析した。
また、「日本や韓国、オーストラリアは2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の出場権を既に獲得しており、東アジア・カップで若い選手を起用し、W杯に向けた底上げを図ろうとしている」とし、「長期的視野に立つならば、中国代表チームもベテランに固執するよりも、もっと若い選手を活用する時期にきている」と“まっとう”な主張を展開した

〝ご法度〟の観客はレッドカード

 先月にホームで行われた国際親善試合でユース選手中心のタイ代表に1-5の惨敗を喫した痛手が、まだ治っていないのかもしれないが、中国の意外な低姿勢は感動的ですらある。

 もっとも、スタンドには「小さい日本は(尖閣諸島の)魚釣島から出て行け」と書かれた紙を座席に貼り付ける中国人らしき観客の姿もあった。まるで、昨年のロンドン五輪で竹島領有を主張した韓国選手と同じ発想。スタジアムでは、選手も観客も政治的なスローガンを掲げるのは「ご法度」だということも知らないのかもしれない。

 大会ホスト役の韓国がこの観客をどう扱ったのかは定かではないが、本来であれば、つまみ出さなければならない「対日本」でなれ合っている感のある両国になめられてはいけない。大会最終日(28日)の日韓戦で、“ザック・ジャパン”はどこがアジア最強なのかを、はっきりと示さなければならない。

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慰安婦問題をこじらせる元凶となった「河野談話」の撤廃を求める緊急国民集会

橋下徹・日本維新の会共同代表の慰安婦をめぐる一連の発言に対する評価はともかくとして「いくらなんでもsex slave(性奴隷)は意図的な誤訳だろう」「なぜ日本の事例だけが責められるのか」と感じている読者は多いのではないか。そうした中、橋下発言の是非を検証し、慰安婦問題をこじらせる元凶となった「河野談話」の撤廃を求める緊急国民集会が5月28日、都内で開かれ、女性論者たちも堂々と持論を展開した。熱気に包まれた集会の様子を報告する。(溝上健良)
橋下発言を一斉非難も…韓国世論に一定の効果


元慰安婦をさらしものに…


 集会を主催した「新しい歴史教科書をつくる会」の杉原誠四郎会長は開会あいさつで、平成8年、中学校の歴史教科書に架空の「従軍慰安婦の強制連行」が一斉に載せられたことを契機に翌年、つくる会が結成された経緯に触れ、「橋下発言の核心はあくまでも、慰安婦は各国の軍が活用したのになぜ日本だけが問題として取り上げられなければならないのか、ということだ」と概括。「少なくとも慰安婦/従軍慰安婦/性奴隷の言葉を区別し、その存在・非存在を明確にしておかねばならない」と主張した。

 古くからの産経読者はご存じの通り、戦時中に「従軍看護婦」「従軍記者」は確かに存在していたが、当時「従軍慰安婦」なるものは存在していなかった。これは戦後の造語なのだ。

 杉原氏はさらにこの問題に十分な反論をしてこなかった外務省の不作為にも触れ、「今こそ河野談話の撤廃をなすべき時期。瞬間的ではなく、長く熱い支援をお願いしたい」と呼びかけた。

主張 不当な日本非難に反論を

 集会は20人の論者によるリレートーク方式で行われた。うち女性7人の先頭で壇上に立ったのはジャーナリストの大高未貴氏。今年3月、沖縄・与那国島で行われた「朝鮮人従軍慰安婦慰霊祭」なるものに言及し(この問題の詳細は月刊『正論』6月号に掲載されている)、「フェミニストたちが元慰安婦のおばあちゃんたちを引き回して政治の場でさらしものにしていることこそ女性の人権侵害ではないかと訴え、会場からも「そうだ」と賛同の声が相次いだ。

英霊の汚名をそそぐ使命


 戦後問題ジャーナリストの佐波優子氏は「人間社会の中で屈辱的なものの一つに、行ってもいないことでぬれぎぬを着せられることがある。女性をsex slave(性奴隷)にした、などという罪を着せられていることはもっとも屈辱的なことではないか」と問題提起。「かつて大東亜戦争で日本を守るために戦った兵士の方々がその罪を着せられている。このぬれぎぬは私たちが晴らさなければならない。兵士の方々が私たちの命を守ってくれたように、今度は私たちが兵士の方々の名誉を守っていきたい」と訴えた。

 4月10日に衆院予算委員会で慰安婦問題を含めた教育問題について取り上げ、私立中学校入試のひどさなどを指摘した西川京子衆院議員(自民)も集会に駆けつけ、橋下氏の発言について「大筋として間違ってはいないが、あの人は勉強不足で、中山成彬さん(日本維新の会衆院議員)や私が国会で質問したのを見て『これはいける』と考えて発言したと思う。それで責められたら答えがチグハグで、正直いって不愉快だ」と中途半端さを批判した。


憲法の改正が必要だ


 日本会議東京会員の石塚和子氏は「バッヂを付けた先生方にはぜひ『肉体の防波堤』という小説を読んでいただきたい」と、米軍占領下における慰安施設の実態を知ってほしいと提言した。過去の歴史的な事実がどうであったか、新聞では報じにくい部分もあるが、そんな場面で雑誌が本領を発揮している。特に週刊『FLASH』(6月4日号)は、興味がある方には一読をお勧めしたい。タイトルだけ掲載しておくと「日本で、韓国で、米軍は慰安婦を買い漁った!」「橋下が推薦した沖縄『合法風俗』はいま花盛り」。韓国軍でも朝鮮戦争当時、慰安所があった事実まで紹介しており、圧巻である。他に『週刊新潮』5月30日号、6月6日号も無視できない内容で、読ませる

元鎌倉市議の伊藤玲子氏は日教組と対決してきた経緯を振り返り「国民一人一人がしっかりした国家観を持つことが重要で、東京裁判史観から脱却しなければならない。今、必要なのは国土と国民の生命・財産を守るための安全保障、つまり国防と自主憲法制定、教育の三本柱だ」と、憲法改正の必要性にも言及した。「日本国民は軍隊を持つことの重要性に早く目覚めなければならない。日本は世界に類のない道義国家だ」とも訴えた。

 さらに東京裁判や、現行憲法を制定する際の帝国議会を実際に傍聴し、GHQによる検閲も実体験したフリーライターの舘雅子氏が登壇し「脱・東京裁判史観を果たし、憲法を改正しなければならない」と切り出した。東京裁判では米国人弁護士による良心的な発言もあったものの、その発言が記録されなかった事例を紹介し「つくづく東京裁判のインチキ性が分かった」と述懐。そして「戦後のマスコミに自虐性を植え付けた一番のもとは東京裁判史観で、これが慰安婦の問題にも拉致問題にもつながっている」と指摘した。

主張 避けたい改憲勢力の亀裂

 女性陣の最後に登場したのは「なでしこアクション」代表の山本優美子氏。「慰安婦は“アジアのホロコースト”だとして米ニューヨークのホロコースト記念館に慰安婦の常設展示をつくる計画がある。こんなことが許せますか」と問題提起した。米国の自治体で慰安婦決議が採択される裏で韓国系米国人がロビー活動を展開している事例も紹介し、「今日は皆さん、登壇者の発言を聞いて血圧が上がったことと思うが明日、血圧が下がったら取り組んでほしいことがある。慰安婦決議を出したところにメールなどで抗議文を送れば、およそ50通届けば地元メディアが『日本から抗議殺到』と取り上げる。これを皆さんにお願いしたい。私たち民間でできることをやりましょう」と呼びかけた。

西村発言に相次ぐ援護射撃


 男性陣も負けてはいない。『「反日」の正体』などの著書がある評論家の西村幸祐氏は「慰安婦問題は秦郁彦さんがすでに10年前に『慰安婦問題の終結』という学術論文を書いており、本当は終わっている話だ」と紹介した。しかし韓国の政府も関与して仕掛けられている情報戦に負けており「これを迎撃しなければならない」として「朝日新聞社の前に『従軍慰安婦誕生の地』の記念碑をつくりたい」と提案し、盛大な拍手を浴びた。

 元海上保安官の一色正春氏は「橋下さんの陰に隠れているが、正直な発言をして日本維新の会を除名された西村真悟代議士を救わねば、正直者がバカをみることになってしまう」と駆けつけた動機を説明。攻撃は最大の防御だとして「公開討論の場で、慰安婦問題をつくり出した弁護士や、放置してきた政治家・官僚のウソを暴くべきだ海外に向けても米韓が朝鮮戦争やベトナム戦争の際に何をしたのかを同じテーブルに載せて話し合おう、と呼びかけるべきだ」と訴えた。

中韓はウソにまみれた国 一止羊大

 評論家の黄文雄氏は「橋下市長の発言には100%賛成。西村真悟先生の発言に関しては120%賛成だ」と話し、慰安婦問題に関して「マスコミも政治家も偽善的だ」と批判した。

 


日韓は外交戦争の段階


 元陸自二佐の家村和幸氏は「慰安婦問題の本質は強制連行の有無に尽きるが、強制連行がなかったことについては何年も前に(慰安婦問題を“告発”した)吉田清治という人の書いた本がまったくのウソだったことが明らかになった」、決着済みの話であることを強調した。それでもなお、慰安婦問題そのものが女性の人権侵害だとの声があることに対して「慰安所は女性の人権侵害を守った」と主張。ソ連兵が満州で、韓国兵がベトナムで行ったことこそが女性の人権侵害だとして「そういうことをさせないためにこそ慰安所がつくられた。プロの方が対価を受けて行ったことの何が人権侵害なのか。慰安所で働いた方々に、私は深い敬意を表したい」として、単純に「人権侵害」だと済ませていい話ではないと説明した。

 元航空幕僚長の田母神俊雄氏は「韓国とはいくら議論をしても通じない。経済的な実力行使をすれば慰安婦をめぐる反発も止まるだろう」と提言。元時事通信ソウル特派員の室谷克実氏は韓国人の実態を詳細に紹介し「近著『悪韓論』に詳しく書いたが、許してはいけない国だということをハッキリと申し上げたい」と締めくくった。朝鮮問題研究家の松木国俊氏は「日韓はすでに外交戦争の段階にある」と指摘した(松木氏の論文は月刊『WiLL』7月号に掲載されている)。

 評論家の潮匡人氏は「sex slaveの常識化だけは、わが国として絶対に防がねばならない」と主張。「つくる会」前会長の藤岡信勝氏は「強制連行だったか否かは15年前に決着済みで、慰安婦問題の最大の焦点はsex slaveだったか否か」だとして「本来は外務省が担当すべきだが、歴史的な経緯からもうダメ。『情報省』のような新しい機関をつくって国家予算を投じて、日本の名誉に関わる問題については徹底的に反論すべきだ」と訴えかけた。

 計20人の論者によるリレートークを受けて、集会では現在の慰安婦問題をめぐる日本バッシングについて「このような事態がもたらされた最大の原因は、日本政府が、何一つ証拠がなかったにもかかわらず慰安婦の『強制連行』を認めたかのように読める『河野談話』を平成五年に発表したことにある」として、政府に河野談話の速やかな撤廃を求める決議を満場の拍手で採択した。決議には「日本の慰安婦は代価を払わない『性奴隷』であったとか、『二十世紀最大の人身売買事件』だったとか、明らかに事実無根の言説がばらまかれている」との一節が盛り込まれている。こうした虚言に対しては、官民あげて根気よく反論を続けていく必要があるだろう。

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韓国の真実 ベトナム戦争における悪事従軍慰安婦問題の比でない残虐さレイプ虐殺

http://www.hamq.jp/i.cfm?i=D512005 H/p 着エロ爆裂ハムスター
韓国軍の真実
韓国軍は何をして来たか
女性たちを強姦した後、殺害
韓国軍は残酷な大量虐殺を行ったため、南ベトナム民族解放戦線(NLF)さえ、できるだけ直接的な交戦は避けようとした程だったと伝えられる。前線もなく、敵が誰なのかもわからないベトナム戦でベトコンの根拠地を捜索、 破壊するという作戦上の名分が老若男女を区別しない虐殺行為を正当化させた
韓国軍のベトナム戦争参戦

 有志ブログの多くがあつかわれて来た事柄と思う。真実に取り組み、英邁な論及を尽くす諸氏に敬意を捧げ、小ブログからも小稿を呈する。読者からお知らせいただいたこともあり、小稿では、ベトナム戦争における韓国軍の行為について触れる。

 好き嫌いの感情次元の問題ではなく。特定国の侵蝕を許せば許すほど、日本社会は秩序と国益を喪失し、国民生活も危うくなる。その教訓の一端を、ベトナム戦争、およびその戦後の事例に観ることができる。

 韓国軍のベトナム戦争参戦は昭和39年(1964年)に始まっていた。当初は、医療支援団や教官等、約270名をサイゴンの南のプンタウに派遣。翌1965年2月に、米軍が北爆を開始、次いで米海兵隊が3月にダナンに上陸。それに続き、10月から、韓国軍は1万数千名を派兵して本格的に参戦した

 以後、1965年から73年までの間、韓国軍の戦闘部隊約30万名がベトナム戦争に参戦。この過程で、韓国軍は戦死者4960余名、負傷者10余万名を記録。一方、韓国軍が殺傷したベトナム人は4万1450名(公式統計のみ)に上る、と表題記事は伝えている。

 韓国軍の派兵は、米軍に次いで多かった。その理由は、「派兵規模」に応じた「補助金と対米移民枠」を得られたからであった。いわば、韓国にとっては、あからさまな国益を兼ねた参戦であり、しかし、その残虐ぶりは、後に自国のジャーナリズムが報じるようになり、「住民虐殺」と「韓越混血児(ライタイハン)」が問題として問われることになった。
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残虐を極めた韓国軍

 同記事には、『韓国軍は残酷な大量虐殺を行ったため、南ベトナム民族解放戦線(NLF)さえ、できるだけ直接的な交戦は避けようとした程だったと伝えられる』と、特に、掃討作戦における非道の様子を記している。

 同記事は、韓国軍の残虐行為を次のように概略している。

(以下、引用)

 このような捜索掃討作戦は、一次的にじゅうたん爆撃等で作戦地域を公開して、 韓国軍等の地上軍が現場に投入されて村に残っている住民たちを即決処分した後、家を燃やしてブルドーザー等で村全体を押し潰す方式で展開した。生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は、 無差別機関銃乱射、 大量殺戮、 妊産婦、 女性に対する強姦殺害、 家屋への放火などだ生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる。

-住民たち(大部分が女性と老人、 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する。


-住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす。

-子供の頭を割ったり首をはね、 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む

-女性を強姦した後、殺害して、 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す

-住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる。

 韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた。老人たちの口にはタバコが咥えられていた場合が多かった。恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.

(以上、引用)

 以上、ごく一端ではあるが、韓国の雑誌「ハンギョレ21」誌の記者が「自ら取材し、掲載した」とされるの和訳記事から一部を紹介した。
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韓国の謝罪も補償も無し

 ベトナム戦争の「混血児問題」として知られている事実の中に、上述の「韓越混血児」がある。ベトナム戦争に参戦時に、韓国軍兵士や軍属の韓国民間人が「強姦」「非管理売春」「現地妻の保有」などにより、多くの混血児が生まれ、戦後に放置された問題である。

 『現地妻との間に生まれた混血児の数は、2004年9月18日付の釜山日報の記事によれば、5千~3万人と推定されている』(Wikipedia) 。また。『現時点では、韓国政府から被害者や混血児に対する謝罪や補償は行われていないが、最近、韓国人(父親)が認知しない場合でも、写真など客観的に関係を立証する資料があれば国籍を付与する法案を積極的に検討する事にした』と(同)ある。実施ではなく「検討」である。

 「謝罪と補償」。その見方にもよるが、速やかにそれらを実行する日本政府の対応とは雲泥の差がある。また、金大中氏(当時・大統領)が訪越(1998年)した折に、戦争当時に、ベトナム人に苦痛を与えたことに対して謝罪した、と伝えられ、その折に、『ベトナムのチャン・ドク・ルオン大統領は、両国は未来志向的に関係を構築していかなければならない」と述べ過去には関心を示さなかった』(同)とあるが、韓国は、直後に謝罪を撤回している。

 韓国にとっては、日本に対する“加害責任”を問い続ける立場から、金大中氏の「謝罪」は外交カード維持のためのポーズではないか、と認識されている。ゆえに、混血児を産んたベトナム女性は、韓国からは補償をまったく受けていない。自国民が犯した罪の謝罪と補償を果たさない韓国。このような国家が、日本に対して“従軍”慰安婦の難題を、しかも捏造をもとに延々と突きつけ、補償せよという資格はないのである。
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韓国軍の従軍慰安婦

 韓国軍には従軍慰安婦が存在していた。その多くの資料を読者からご指摘いただいているので、紹介する。

 先ず、韓国語で書かれた「韓国軍の特殊慰安婦は事実上の公娼 」(仮訳)と題する記事は、論旨が混沌としているが、韓国独自の従軍慰安婦が存在していたことを記している。。朝鮮戦争当時(1951~54年)、云く、『韓国軍が 1951年頃から 1954年まで 「特殊慰安婦」という名前で、固定式あるいは移動式の慰安婦制度を取り入れて運用したのは、否認することができない歴史的事実である』と。

 また云く、『特殊慰安婦実績統計表は、 1952年度に 4ヶ所で編成された慰安婦 89人が年間 20万4560人の兵士を 慰安したと記録している。 慰安婦 1人が一日平均 6~7人の将兵を慰安した。 またチェ名臣・チァギュホン・ギムフィオなど予備役将軍たちも朝鮮戦争期間に経験した慰安婦制度に対して 「言いたくない軍部の恥部だが事実だと証言している』とある。

 何故、事細かに記録が残っているかといえば、韓国が「公娼」と認めていたからである。この点が、「日本軍を真似た」と記述しているが、実質的に、日本軍兵士が相手にした「私娼」とは異なる。つまり、韓国の「特殊慰安婦」こそが真の「従軍慰安婦」であった

自国の「恥」を日本に転嫁する韓国!

 同記事には、さらに、『1950年当時医科大学生だった李何某(73) さん(2002年の記事当時の年齢)は、拉致、または強要によって軍隊慰安婦になる所だった。また、他の事で、6月25日当時、ソウルに残り、(北朝鮮の)人民軍に協力したかどで、(韓)国軍に逮捕されたこの李さんは他の女医大生 3人と一緒に引き渡され、部隊の将校 4人の「割当」になった。 この李さんは幸い、自分を可愛想に思ってくれた一将校の助けで釈放されたが、他の 3人はあの時以後二度と(姿が)見られなかった』と。

 北朝鮮(人民軍)の中から捕らえた女性のみならず、自国民の中からも女性を強制的に拉致、逮捕して娼婦にしていたのである。確かに「言いたくない軍部の恥部」であろう。言いたくない代わりに、自国の「行為」と「恥」を日本に転嫁し、「罪」の言い逃れを図っているのである。

 恥知らずな国家である。筆者は学者の端くれであるから、「真実」か「虚構」かで物事を判別する。その判別の目からすれば、韓国という国は「嘘」また「嘘」でグチャグチャに腐り切っている。中共と侮日策動のクラスタを形成して編み出した「虚構」は、たとえ一時的には隆盛を見せても、「真実」をもとにした日本の良識の反撃に遭えば崩壊する運命にある。

 先人英霊に汚名を着せたまま、子々孫々にこの日本国を渡すわけにはいかない。

ベトナムの被害者の「証言」を転載します

これは、第二次世界大戦当時・売春が認められていた時代の日本軍の慰安婦(しかも高給とり)とは、比べものにならない悲惨な話です・・・


Apocalypse Then

私の村は地獄になった

韓国軍がベトナムで行った残虐行為の
被害者たちが真実を語りはじめた

ロン・モロー(バンコク支局長)

 今から33年前の1967年4月1日。グエン・バン・トイはびくびくしながら、ベトナム中部フーイェン省の水田で働いていた。
 当時、この地域では韓国軍が大規模な作戦を進めていた。韓国兵は農民を力ずくで追い立て、南ベトナム政権の支配下にあった沿岸部に無理やり移住させていた。
 だが、多くの村人は移住を嫌がった。トイのビンスアン村を含む5カ村からなるアンリン郡の農民も、先祖代々の土地を捨てるのは気が進まなかった。
 トイが農作業を続けていると、いきなり機関銃の銃声と手榴弾の爆発音が響いた。音がしたのはビンスアン村の方角。トイはあわてて身を隠し、あたりが暗くなるまで動かなかった。
 村に戻ったトイが目にしたのは、身の毛もよだつ光景だった。家は黒焦げになり、少なくとも15人の村人が血の海に倒れていた。多くの遺体は銃剣で腹を切り裂かれていたと、トイ(71)は言う。
 そのなかには、トイの妻と3人の子供の遺体もあった。生後4日の末の子は母親に抱かれたまま、背中を撃ち抜かれていた。4歳の娘ディエムは銃弾を5発受けていたが、奇跡的に命をとりとめた。
 トイは遺体を近くの防空壕に運び、入り口を泥で覆った。ここが、そのまま墓になった。トイも他の村人も、「あまりに悲しすぎて」犠牲者を改葬する気にはなれなかったからだ。

理由なき無差別の殺戮

 韓国軍がベトナムに派兵されていたのは1965~73年。こうした残虐行為のねらいは、ベトナム中部の3省(ビンディン、クアンガイ、フーイェン)から農民を移住させて人口を減らし、ベトコン(共産ゲリラ)の勢力伸張を阻止することにあったようだ。
 現地の自治体当局者によると、立ち退きを拒否した人々は、韓国軍の手で組織的に惨殺されたという。しかも犠牲者の多くは、老人や女性、子供だった。
 歴史の闇に葬り去られていた虐殺の事実に再び光が当てられたのは、勇気ある韓国人研究者、具秀ジョン(ク・スジョン)が行った調査のおかげだ。彼女は韓国軍による大量虐殺の詳細を記録したベトナム政府の文書を発見した。
 生存者の証言によると、虐殺は理由なき無差別殺人であり、多くはベトコンとの戦闘が行われていない時期の出来事だった。
 グエン・フン・トアイ(46)もビンスアン村の虐殺と同じころ、アンリン郡の別の村で危うく殺されかけた。
 当時13歳だったトアイは、韓国軍が家に近づいて来るのを見てすぐに逃げた。近くの畑に隠れて見ていると、韓国兵は村の家に次々と火をつけ、母親と祖父母、弟と妹、そして近所の人々に暴行を加えたという。
 韓国軍は、トアイの家族を含む11人ほどの村人に銃剣を突きつけ、防空壕に追い込んだ。残りの12人ほどは、穴の外に立たされた。次の瞬間、何の前ぶれもなく銃声がとどろき、手榴弾の爆発音が空気を引き裂いた。トアイはとっさに頭を隠した。
 硝煙が消えたとき、すでに韓国軍の姿はなかった。トアイは急いで家族がいた場所へ行った。
 防空壕の前には、穴だらけになった血まみれの死体が並んでいた。防空壕の中も、誰かが生きている気配はまったくなかった。トアイは恐怖に駆られて逃げ出した。戦争が終わった後も、ここへ戻ることはできなかったという。

見つかったのは肉片だけ

 「みんな、村を離れたくなかった。私たちにとって、家や土地や水田はかけがえのないものだ」。トアイはそう言って泣きだした。「でも、立ち去るのを渋った人間はみんな殺された。連中は村をめちゃくちゃに破壊してしまった」
 こうした残虐行為の結果、多くの人々がベトコンの陣営に加わった。67年、16歳のときに父親を韓国軍に殺されたブイ・タイン・チャムもその1人だ。
 チャムは数人の韓国軍がアンリン郡の家に押し入る直前、裏口から脱出した。韓国兵は70歳の年老いた父親を捕らえ、防空壕に押し込むと、すぐに手榴弾を投げ入れた。チャムは日が暮れてから村にこっそり戻り、崩れた避難壕を掘り返したが、「肉片しか見つからなかった」という。
 それから数週間、物ごいをしながらさまよったチャムは、山岳部にこもっていた共産ゲリラに加わる決意を固めた。「父を殺した奴らに復讐したかった。韓国兵が村でやったことを見た以上、そうせずにはいられなかった」
 グエン・ゴク・チャウは83歳になった今も、憎しみを忘れていない。67年5月22日、フーイェン省ホアドン郡のミトゥアン村で農業をしていたチャウは、たまたま親戚のいる近くの村に出かけていた。
 そこへ前夜、韓国軍が村を攻撃したという知らせが届いた。大急ぎで帰ったチャウが目にしたのは、村人が井戸からバラバラになった遺体を引き揚げている光景だった。犠牲者のなかには、妊娠中の妻と4人の子供も含まれていた。

「首を切り落としてやる」

 虐殺を隠れて見ていた老人の話では、韓国兵は女性や子供を井戸に落とし、助けを求める声を無視して手榴弾を投げ込んだという。チャウは、盛り土をしただけの簡単な墓に家族の遺体を葬った。
 「殺されたのは女や子供ばかりだ。共産主義者なんかであるわけがない」と、チャウは言う。「韓国人は人間じゃない。目の前に現れたら、首を切り落としてやる」
 ベトナムで虐殺行為を犯したのは、韓国軍だけではない。アンリン郡から海岸沿いに北へ向かえば、68年に米軍部隊が500人以上の村人を虐殺したクアンガイ省ソンミ村がある。
 それでも戦争体験をもつフーイェン省の村人の間では、米兵の評判は必ずしも悪くない。地方公務員のファム・トゥ・サン(47)は66年のテト(旧正月)のとき、米兵と一緒に遊んだりチューインガムやキャンディーをもらったことを今も覚えている。
 だが米軍はこの年、フーイェンから引き揚げ、代わって韓国軍がやって来た。それから「67年のテトを迎えるまで、韓国軍は殺戮を続けていた」と、サンは語る。「韓国兵に会ったら、死に出会ったも同然だった」と、今は地元の退役軍人会の会長を務めているチャムも言う。
 アンリン郡の村人によれば、韓国軍はとりわけ女性にとって恐怖の的だった。韓国兵は残忍なやり方で女性をレイプしてから、殺すケースが多かったからだ。
 こうした残虐行為が明るみに出てきたことに、ベトナム政府は神経をとがらせている。
 虐殺があったこと自体は、政府首脳も承知している。だがベトナム当局は、虐殺事件の報告書が国内で発表されることは望んでいない。友好関係にある韓国政府はもちろん、ベトナムに莫大な投資を行っている大宇や現代、三星といった韓国財閥の不興を買うことを心配しているからだ。

補償より謝罪の言葉を

 さらに政府当局には、観光客としてベトナムを再訪する韓国の元兵士が増えている状況に水を差したくないという思いもある。だが、韓国軍の残虐行為を目の当たりにした地元の当局者は、観光や経済発展のために真実を隠すべきではないと考えている。
 地元が望んでいるのは、韓国政府の公的な釈明だ。たとえば韓国側から謝罪や罪を認める発言があれば、両国の絆はむしろ強まると、地元の人々は考えている。
 「韓国軍は、この地域にかつてない災厄をもたらした。犠牲者は銃を持てない老人や女性、子供たちだ」と、フーイェン省のある当局者は言う。「私たちが望んでいるのは、物質的な補償ではない。それよりも共感と友好の姿勢を示してほしい。犠牲者が過去を忘れられるように」
 韓国軍のために流された罪なきベトナム人の血の量を考えれば、なんとささやかな要求だろう。

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