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時代を見通す日本の基礎情報

日本を取り巻くアジア情勢の変化 世界の情報を辛口で伝える情報部ログ 世の中はめまぐるしくかわっていきます その中で取り残されない為の情報をお伝えします Changing Asian situation surrounding Japan Tell the world information by information Department log The world is rapidly mood In order not to lag behind in its informed the <a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3BDZ68+72TSYA+4IRQ+5YJRM" rel="nofollow">なんでもまとめてお売りください!宅配買取「いーあきんど」</a> <img border="0" width="1" height="1" src="https://www19.a8.net/0.gif?a8mat=3BDZ68+72TSYA+4IRQ+5YJRM" alt="">

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池袋で悪質な“ボッタクリ”被害が急増中

「最初、路上でキャッチに声をかけられて、『6000円で“おっパブ”に行きませんか?』と言われたのですが……」

池袋,キャッチ,ボッタクリ,キャバクラ そう話すのは会社員の中西洋介さん(仮名・33歳)だ。彼は池袋の路上で、仲間5人と居酒屋を出た後、キャッチに声をかけられた。

「時間は終電前で、この時間帯で6000円なら安いなと。仲間みんなで『最後に一軒、行くか』と向かうことになり、連れていかれたのは西口から徒歩5分ほどにある雑居ビルの『M』という店でした。エレベーターが開くと、“会員制”と札が貼ってある殺風景なドアが。そこから強面のヒゲ面の男が出てきて、一人6000円払いました。冷静に考えればいかにも怪しい店構えなんですが、その時は酔っ払っていたので特に警戒心も抱かずに入店しました」

 店内は安価なキャバクラのような、飾り気のない内装だったという。

「ボックス席に全員が通されたのですが、BGMもかかってないし、『全然おっパブじゃないじゃん……』とすぐにわかりました。そのまま20分も放置された後、おもむろに女性がやって来て、片言の日本語で『オニイサン、外にデート行く?』と」

 彼が連れていかれたのは中国人キャストを使う“連れ出しパブだった。

「新宿とかにこういった店があるのは知っていたのですが、まさか池袋にあるとは思いませんでした。値段を聞いたら『3万円でいいよ』と。そんなカネ払えるかと思い、水割り1杯だけ飲んで皆ですぐに出ようとしたら、さっきの強面の男が出てきて『正規料金はワンセット3万6000円だから、帰るなら差額の3万円を払え』と……。ここでようやくボッタクリだと気付きました」

 中西さんらは団体だったことが幸いし、全員で抗議をしたことでなんとか追加支払いをせずに退店できたという。しかし、単独で入店した男性だと、さらに悲惨な目に遭っている。

「僕の場合、『最近できたAVキャバクラに行きませんか?』と路上でキャッチされて行きました。料金はワンセット1万円で、それ以外の料金はかからないと。そしたらその店に連れていかれ、連れ出しなんてする気もなかったので帰ろうとしたら、『差額を払え。イヤなら誰か女を連れ出せ!』と強要されて、仕方なく、高齢の中国人女性と……」(30代男性)

 いくつかの証言からすると、この「M」という店は今年夏頃にオープンし、「おっパブ」や「AVキャバクラ」さらに「ハプニングバー」や「高級クラブ」など複数の業態を偽り、路上のキャッチを窓口に集客を図っているようだ。これから年末を迎えて酔客が増えるなかで、さらなる被害拡大が危惧される

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韓国は「生き地獄」か “脱南”する脱北者たち

韓国に定住していた脱北者が再び第三国や北朝鮮に向かう“脱南者”が多発している。最近では、北に逆戻りした住民が韓国での生活を「生き地獄」だったと非難。以前ならば、こうした言動は「北朝鮮体制の政治宣伝」と切り捨てられてきた。だが一方で、韓国社会の差別や就職・生活難に苦しむ脱北者が増加し社会問題化しているのも事実。「同胞」であるはずの脱北者すら逃げ出していく現状に、韓国政府は頭を抱えている。(ソウル 加藤達也)

 今月15日付の東亜日報社説はこの問題に言及。これまで韓国に亡命し定住を決めた累計2万5560人の脱北者のうち、「689人は第三国に滞在している」と把握されていると指摘した。経済的困難や韓国生活への不適応で自殺した脱北者も26人に上るという。

 さらに、過去5年間に韓国籍者の難民申請を受け付けた国から韓国政府への指紋照会155件のうち、81・3%の126件は韓国に定住していた脱北者だったとも指摘している。

 韓国政府は現在、定着準備金や住宅支援金、職業訓練費用といった社会福祉から教育支援まで、脱北者に対し1人当たり2千万(約185万円)~4800万ウォン(約443万円)を支給している。

 同じ言語圏で言葉の問題は基本的になく、手厚い支援制度も用意している韓国から、こんなにも多くの人々が逃げ出している事実に、韓国政府や脱北者の支援活動に当たる関係者らはショックを受けている。
■「悪夢の日々」

 韓国政府にとって、さらに頭の痛い問題が北へ帰還する脱北者の続出だ。北朝鮮は金正恩(キム・ジョンウン)体制以降、12人が戻ったと宣伝している。

 北朝鮮の官製メディア、朝鮮中央通信によると、9月30日には平壌で、韓国から北に戻った元脱北者たちの「座談会」が開かれたという。参加したチャン・グァンチョルという男性(33)は「韓国では仕事探しが大変だ。就職できたとしても給料は韓国人の半分以下で、悪夢の日々だった」と話した-と同通信は伝えた。

 韓国政府関係者は「金正恩体制を称賛させて、南へ逃れようとする北朝鮮住民の夢を壊すことを狙った宣伝工作だ」と指摘する。

 韓国情報筋は「韓国に定住した脱北者に北朝鮮側が接近し、北に残した親類や家族の安否、さらに資産の保全などにも触れながら、言葉巧みに北朝鮮への帰還を誘導するケースも把握している」と明らかにする。

 だが、約12年前から韓国に住む50代の男性脱北者は「韓国で生活して初めて、韓国人にとっても暮らしにくい社会なのだと分かった。就職、進学や結婚など人生すべてがカネとコネで決まる。当の韓国人が常に不満を抱えながら暮らしているというのに、われわれのような完全なよそ者の脱北者が生きていく余地はない」と打ち明けた。

 この男性によると、韓国での厳しい生活実態は北朝鮮住民の間にも広まっていて、「韓国で支援を受けてカネをためたら、第三国に再脱出しようと最初から計画する人もいる」という。

 ■支援策拡充も

 韓国政府は、脱北者の受け入れを「(朝鮮半島の)小さな統一」と位置づけ、定住と社会的な融和を目指してさまざまな施策を打ち出してきた。

 累積脱北者数が2万人目前となった2010年9月には、脱北者を「親しい隣人として社会全体で受け入れるときがきた」(政府関係者)とし、「北朝鮮離脱住民の保護並びに定着の支援に関する法律」を改定。就業支援の強化や、韓国社会への適応を容易にするための教育機関の設立など現在の支援制度の原型が完成した。

 また最近の“脱南”現象を前に、ソウル市はさらに「北朝鮮離脱住民 定着支援総合対策」を発表した。

 脱北者向け総合支援施設を新設し心のケアや就職を斡旋(あっせん)するほか、市役所と公的企業での脱北者採用枠を現状の4~5倍に拡充。街頭キオスクなどの営業許可の優先割り当てや、地域住民が脱北者への理解を深める事業も含まれるという。

 ソウル市は「これまできめ細かく対応できなかった点を補うため、脱北者本人や支援活動関係者へのヒアリングを24回実施した。自治体では初の総合的な支援制度だ」と胸を張る。

 だが、脱北者の一人は「何かをしなければならないという思いは伝わるが、実効性という意味においては期待できるものではない」と指摘している。

元朝鮮人民軍宣伝隊演出家 呉真●(=古の右に暇のつくり)(オ・ジンハ)氏


韓国で脱北者が安定した暮らしを送ることはできるのか。韓国入国約10年になる元朝鮮人民軍宣伝隊の演出家で、現在も南北分断や戦争をテーマに映画、ミュージカルの制作を手がける呉真●(=古の右に暇のつくり)氏(49)に聞いた。

 ■支援施設3カ月では足りない

 --韓国から第三国へ再脱出するケースが問題になっている

 「脱北者数が増え、その分、疎外感や矛盾を抱える人も増加している。韓国に来て初めて知る概念や言葉もあり、生活習慣や職業観も相当違う。カルチャーショックは非常に大きい」

 --北朝鮮に戻って韓国を批判する人もいるが

 「韓国に不満を持つ人は米国、カナダ、中国、欧州それに日本にも移住している。韓国で差別などを受け苦労しても、自ら進んで独裁の北に戻るということはあり得ず、北への帰還には工作員が介在している」

 --脱北者の韓国適応で最も留意すべき点は

 「実生活に入る前に韓国社会への理解を十分に深める時間が必要だ。特に北の地方などで抑圧された住民は、資本主義が発達した韓国なら奴隷的労働から解放され、楽に高収入の生活ができると過剰な夢を抱いている。たとえば職業斡旋で溶接技術を学びながら職を得たとしても、初任給が安く想像していた生活などできないと失望し、だまされたと感じてしまう」

 「実績を積み信頼を得て初めて昇給の機会があるという認識がない。現在は3カ月で定着支援施設を出るが、それでは韓国社会になじめない。60年も分断しているのに10年程度では適応できない。40年、50年の長い目で見ることが重要だ」

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■「悪夢の日々」

 韓国政府にとって、さらに頭の痛い問題が北へ帰還する脱北者の続出だ。北朝鮮は金正恩(キム・ジョンウン)体制以降、12人が戻ったと宣伝している。

 北朝鮮の官製メディア、朝鮮中央通信によると、9月30日には平壌で、韓国から北に戻った元脱北者たちの「座談会」が開かれたという。参加したチャン・グァンチョルという男性(33)は「韓国では仕事探しが大変だ。就職できたとしても給料は韓国人の半分以下で、悪夢の日々だった」と話した-と同通信は伝えた。

 韓国政府関係者は「金正恩体制を称賛させて、南へ逃れようとする北朝鮮住民の夢を壊すことを狙った宣伝工作だ」と指摘する。

 韓国情報筋は「韓国に定住した脱北者に北朝鮮側が接近し、北に残した親類や家族の安否、さらに資産の保全などにも触れながら、言葉巧みに北朝鮮への帰還を誘導するケースも把握している」と明らかにする。

 だが、約12年前から韓国に住む50代の男性脱北者は「韓国で生活して初めて、韓国人にとっても暮らしにくい社会なのだと分かった。就職、進学や結婚など人生すべてがカネとコネで決まる。当の韓国人が常に不満を抱えながら暮らしているというのに、われわれのような完全なよそ者の脱北者が生きていく余地はない」と打ち明けた。

 この男性によると、韓国での厳しい生活実態は北朝鮮住民の間にも広まっていて、「韓国で支援を受けてカネをためたら、第三国に再脱出しようと最初から計画する人もいる」という。

 ■支援策拡充も

 韓国政府は、脱北者の受け入れを「(朝鮮半島の)小さな統一」と位置づけ、定住と社会的な融和を目指してさまざまな施策を打ち出してきた。

 累積脱北者数が2万人目前となった2010年9月には、脱北者を「親しい隣人として社会全体で受け入れるときがきた」(政府関係者)とし、「北朝鮮離脱住民の保護並びに定着の支援に関する法律」を改定。就業支援の強化や、韓国社会への適応を容易にするための教育機関の設立など現在の支援制度の原型が完成した。

 また最近の“脱南”現象を前に、ソウル市はさらに「北朝鮮離脱住民 定着支援総合対策」を発表した。

 脱北者向け総合支援施設を新設し心のケアや就職を斡旋(あっせん)するほか、市役所と公的企業での脱北者採用枠を現状の4~5倍に拡充。街頭キオスクなどの営業許可の優先割り当てや、地域住民が脱北者への理解を深める事業も含まれるという。

 ソウル市は「これまできめ細かく対応できなかった点を補うため、脱北者本人や支援活動関係者へのヒアリングを24回実施した。自治体では初の総合的な支援制度だ」と胸を張る。

 だが、脱北者の一人は「何かをしなければならないという思いは伝わるが、実効性という意味においては期待できるものではない」と指摘している。

元朝鮮人民軍宣伝隊演出家 呉真●(=古の右に暇のつくり)(オ・ジンハ)氏


韓国で脱北者が安定した暮らしを送ることはできるのか。韓国入国約10年になる元朝鮮人民軍宣伝隊の演出家で、現在も南北分断や戦争をテーマに映画、ミュージカルの制作を手がける呉真●(=古の右に暇のつくり)氏(49)に聞いた。

 ■支援施設3カ月では足りない

 --韓国から第三国へ再脱出するケースが問題になっている

 「脱北者数が増え、その分、疎外感や矛盾を抱える人も増加している。韓国に来て初めて知る概念や言葉もあり、生活習慣や職業観も相当違う。カルチャーショックは非常に大きい」

 --北朝鮮に戻って韓国を批判する人もいるが

 「韓国に不満を持つ人は米国、カナダ、中国、欧州それに日本にも移住している。韓国で差別などを受け苦労しても、自ら進んで独裁の北に戻るということはあり得ず、北への帰還には工作員が介在している」

 --脱北者の韓国適応で最も留意すべき点は

 「実生活に入る前に韓国社会への理解を十分に深める時間が必要だ。特に北の地方などで抑圧された住民は、資本主義が発達した韓国なら奴隷的労働から解放され、楽に高収入の生活ができると過剰な夢を抱いている。たとえば職業斡旋で溶接技術を学びながら職を得たとしても、初任給が安く想像していた生活などできないと失望し、だまされたと感じてしまう」

 「実績を積み信頼を得て初めて昇給の機会があるという認識がない。現在は3カ月で定着支援施設を出るが、それでは韓国社会になじめない。60年も分断しているのに10年程度では適応できない。40年、50年の長い目で見ることが重要だ」

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「卑弥呼の鏡」に新説「画文帯神獣鏡」…邪馬台国の“通説”塗り替える可能性も

ホケノ山古墳から出土した画文帯神獣鏡=平成12年3月

ホケノ山古墳から出土した画文帯神獣鏡=平成12年3月
中国大陸の魏から邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)に贈られた鏡が「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」であるとする説が、近年揺らいでいる。出土した古墳がいずれも卑弥呼の生きた3世紀ではなく、4世紀以降のもののためだ。これに代わって一躍脚光を浴びているのが、奈良県内で近年相次いで出土した3世紀の鏡「画文帯(がもんたい)神獣鏡」で、こちらを魏志倭人伝(ぎしわじんでん)にある「卑弥呼の鏡」とする見方もある。画文帯神獣鏡は中国北部の魏と異なり、南部の江南がルーツともいわれ、専門家は「卑弥呼の時代の大陸交流は魏に限らない。通説より拡大して捉えるべきだ」と提唱。研究成果次第では、邪馬台国・卑弥呼の“定説”を塗り替える可能性もある。

(野崎貴宮)

卑弥呼の時代に合致

 画文帯神獣鏡は、奈良県内では上牧町の久渡(くど)3号墳(3世紀後半)で平成23年に出土した。12年にも、最古級の古墳とされる桜井市のホケノ山古墳(3世紀中ごろ)で出土しており、12年ぶりの発見だった。いずれも中国製で、精緻(せいち)な文様がある。

 古墳から見つかる鏡では、一般に「卑弥呼の鏡」として知られる三角縁神獣鏡が有名だ。しかし、三角縁神獣鏡が出土するのは4世紀以降の古墳ばかり。卑弥呼の時代とは一致しないため、専門家の間でも、その定説を疑問視する意見が大きくなっている。

 これに対し、奈良県で相次ぎ発見された画文帯神獣は卑弥呼の時代に合致するため、3世紀の東アジアの交流を考える重要な資料と注目を集めている。

出土した鏡の真相は…

 久渡3号墳で出土した画文帯神獣鏡は現在、奈良県香芝市の二上山博物館の特別展(11月24日まで)で公開されている。

 大きさは直径14・2センチ、重さ511グラム。詳しくは「画文帯環状乳(かんじょうにゅう)神獣鏡」と呼ばれ、三角縁神獣鏡のように縁(ふち)が三角形ではなく平らなのが特徴だ。

 中央のつまみの部分「鈕(ちゅう)」の周囲には、神仙(しんせん)(仙人)と霊獣(れいじゅう)を表現した文様があり、全体で天上界(てんじょうかい)を表している。中国鏡に詳しい大阪府狭山池博物館の学芸員、小山田宏一さんは「見つかった鏡のタイプは古く、3世紀のものと考えていいだろう。中国鏡に間違いない」と言い切る。

 出土場所の久渡3号墳は、一辺が約15メートルの方墳か前方後方墳と推定され、地方の首長クラスの古墳とみられる。これに対し、別の画文帯神獣鏡が出土したホケノ山古墳は、初期ヤマト政権の都が置かれたとされる纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)にある前方後円墳だ。全長は約80メートルに及び、大王クラスの墓とされる。

 こちらの鏡は、詳しくは「画文帯同向式(どうこうしき)神獣鏡」と呼ばれる。久渡3号墳の鏡よりも大きく、直径は19・1センチ、重さは773グラム。「石囲い木槨(もっかく)」という丁寧に造られた埋葬施設から見つかった。

 同じ画文帯神獣鏡とはいえ、被葬者のランクに大きな違いがある。纒向遺跡を調査する纒向学研究センターの寺沢薫所長は「ホケノ山古墳の鏡は、王権(大王)が中国との交流の中で入手した鏡。しかし久渡3号墳の鏡は、大王とは違う別の勢力の下で入手された鏡だろう」と推測する。

銅鏡100枚」の記録

 魏志倭人伝によると、景初(けいしょ)3(239)年、邪馬台国の女王、卑弥呼は魏に朝貢し、木綿の布などを献上した。これに対し、魏は金印(きんいん)と銅鏡100枚などを授けたとされる。

 この銅鏡100枚は長らく、これまで古墳から数多く出土してきた三角縁神獣鏡と考えられきた。ところが、卑弥呼の時代にあたる3世紀の古墳の調査が進む中で、その通説を否定する考古学者も多くなってきた。

 奈良県立橿原考古学研究所の調査研究部長として、三角縁神獣鏡が33面出土した黒塚(くろづか)古墳(天理市)やホケノ山古墳などの調査を指揮した同県の広陵町文化財保存センター長、河上邦彦さんは「三角縁神獣鏡は国産鏡で、魏志倭人伝に登場する銅鏡100枚ではない」と断言。逆に、「画文帯神獣鏡は『銅鏡100枚』の候補の鏡のひとつと考えられる」と主張する。

 その理由として河上さんは、三角縁神獣鏡が中国国内で1枚も出土していないことや、日本でも3世紀代の古い古墳からは見つかっていないと指摘。さらに、三角縁神獣鏡にはひび割れ痕跡がたくさんあるなど、低い製造技術も理由に挙げる。

 一方で、ホケノ山古墳の画文帯神獣鏡については、「非常によい作りで、文様の鋳(い)上がりも素晴らしい」と話す。

中国南方系の鏡か

 卑弥呼の生きた3世紀の中国は、魏・呉・蜀(しょく)の「三国志」の時代にあたる。当時、鏡は中国全土で作られていたが、北部の魏だけでなく、南部の揚子江流域でも多くの鏡が製作された。そのため専門家の間でも、画文帯神獣鏡のモチーフは、南部の江南系とする見方がある

京都府京丹後市の太田南2号墳(3世紀中ごろ)でも、中国製の画文帯神獣鏡が出土しており、河上さんは、この京都府北部にヤマト王権の海外交流の港があったとみている。

 さらに中国北部の魏以外にも、倭と密接な関係があった朝鮮半島を経由し、中国南部の呉などと交流した可能性も「否定できない」とみる。

交流史の見直しも

 今年9月に橿原考古学研究所付属博物館が出版した「海でつながる倭と中国」の筆者の一人で、同館学芸課長の今尾文昭さんは、神戸市の夢野丸山(ゆめのまるやま)古墳で見つかった「重列式(じゅうれつしき)神獣鏡」に注目。倭と呉のつながりを指摘する。

 この鏡は、画文帯神獣鏡と同じように神仙と霊獣を表現。江南の浙江(せっこう)省で、227年か228年ごろに作られ、230年代に倭に持ち込まれた可能性があるという。

 これは、卑弥呼が魏に朝貢し、その返礼として銅鏡100枚などを受け取った時期とほぼ一致する。

 重列式神獣鏡の中には、呉の年号が記された鏡もある。倭と呉の間で、正式な外交関係があったという記録はないが、今尾さんは、この鏡を呉の鏡と推定する。

 「魏と呉は224年以降、断交状態になる。その場合は陸路によるルートは難しいが、倭との間には海を使った直接ルートがあったのではないか」と今尾さん。「今後、倭と呉の交流についても、よく考えていかなければならない」と問題提起する

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タタリ? “怪現象”に次々見舞われた歴史事件取材

足利義教(右)と赤松満祐(左)のタタリか…

足利義教(右)と赤松満祐(左)のタタリか
関西歴史事件簿」で室町幕府第6代将軍、足利義教が、赤松満祐に殺害された嘉吉の乱を取材した際に起きたちょっぴり因縁めいた話を。京都で義教の墓と殺害現場を撮影後、義教の首塚のある大阪の寺を参拝し、会社へ向っているときのことだった。

 朝から怪しい雲行きだったが、地下鉄の駅まで歩いている途中で降り出した雨がひどく、まるで川の中を歩いているよう。ズボンはびしょぬれで、靴の中も水であふれかえった。

 会社に入る前、数枚のタオルと替えの靴下、スリッパを買い込む予定外の出費となった。

 そして9月12日。幕府軍に追われた満祐が最期を遂げる兵庫の城山(きのやま)城のあった亀山をのぼる。脚力に自信はあったので一番険しいが、目標までの距離が一番短いコースを選んだ。

 だが予定時間を過ぎても着かない。「おかしい」と思い後ろを向くとすでに後戻りできるような状態でなかった。どうやらコースから外れたようだ。このため危険な場所を避けつつ進み何とか到着するも、今度は持病が出て活動はここで中止し、下山した。

 さらに起こる“怪”事件。その極めつけが翌日にあった。手首に巻いていた数珠のひもが切れ、ひとつの玉の中にあった仏の写真が消えていたのだ

 職業柄、非科学的な現象の存在を信じていいのかとも思うが、50歳を過ぎてからというもの、不気味とか不吉といった感覚は次第に薄れている。「こういった因縁とのおつきあいも悪くない」と思っている自分がいるのである

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Comfort women "there were 100,000 people"?Also the testimony "was sold to the father" itself -- the South Korean paper report -- a question and inconsistency

Comfort women "there were 100,000 people"?Also the testimony "was sold to the father" itself -- the South Korean paper report -- a question and inconsistency

It has been pointed out since before that there is a report posture of the reason which has aggravated the "comfort-women" problem of the Japanese government age in which the South Korean media are [ one ] going too far.Especially the posture in which it verifies with a concrete proof these days disappears, gives the opinion of a more nearly one-sided belief than the former, or former comfort women and an anti-Japanese organization, and continues the reproduction on an enlarged scale in question.He will notice a strange thing, if "testimony" and the "information" which the South Korean media gave are seen in detail.(Soul Tatsuya Kato)

"People to whom the Japanese right wing waits for death"

People who are waiting for the right wing of "Japan to die as soon as possible on August 17 are in Choson Ilbo (electronic edition).The report which starts that they are the grandmothers who were the victims of the comfort women of Japan's now-defunct Army" was published.

It is claimed that former comfort women's women are the witnesses to whom the Japan side clarified in detail the act of barbarism of the past of "Japan in "the inside from which proof of systematic and violent comfort-women mobilization is not taken out" according to the report."

And it supposes, "The number of the former comfort women who were a little more than estimated 100,000 people through the long time for 63 years from release from day  (Japanese empire) government decreased to 57 persons now (August 13)."

The problem is a number of "100,000 people."

although it is made known "200,000 people became a sex slave" and has become a classic example of the number which goes out of control these days -- thiseven so
-- source ignorance and a basis -- it is an ambiguous supreme number.

If the number of North Korean comfort women is revolved, there is no settled number.While what was presumed from the result of the investigation and analysis by a historical study person serves as a basis in many cases, there is the actual condition to what was told without verifying the number of a source unknown which the person with the fixed influential voice, politicians, sent.

Although it is going to carry out facts investigation from the scientific basis, there is a difference in presumption by a researcher.

The South Korean media "do not tend to accept reality" at all about such "a past fact."

8000-80,000 "North Korean comfort women"?

The historian known for the writing of the "sex of comfort women and a battlefield", etc. which discussed the comfort-women problem in detail and positively,Mr. Ikuhiko Hata made comfort women's total about 90,000 people the premise [ estimation that the number of personnel which was being developed to China etc. was made into about 3 million people and 50 soldiers took one 1.5 times the number of this in 1993 from the coefficient (shift rate) of the reserve staff for the holiday of a rate called one comfort woman and also comfort women ].

The Hata family showed the view that it was one comfort woman's percentage about the number of personnel at 2,500,000 people and 150 soldiers after that in 99, and comfort women's total showed the analysis result that it was about 20,000 people.

In "government survey "comfort-women" relevant-data collection" which the "Asian Women's Fund" established in 95 summarized based on investigation of the Japanese government for comfort-women problem solving,The employee in a service club and the percentage of the persons concerned which were finally transferred to China via six areas, such as Taipei and Tainan in Taiwan, and Kaohsiung, based on the past record are shown.

According to this, "North Korean" comfort women's percentage estimates at 40.1%.When it carries out based on the Hata family's 90,000 total theory, North Korean comfort women are about 36,000 persons.It will become 8000 persons if it carries out based on a 20,000 total theory.

In addition, a historian, Mr. Yoshiaki Yoshimi, who takes a position that comfort women were under the "sex slavery" by Japan announces the opinion which makes 3 million personnel and a rate one person and to which he sets a shift rate to 1.5 at 100 persons, and the opinion which carries out a rate with one person and sets a shift rate to 2 at 30 persons.According to this, comfort women's total will be 200,000 people from 45,000 persons.Even in this case, the number of North Korean comfort women will be 80,200 persons by 40.1% of a maximum of 200,000 people, and 200,000 people whom a South Korean anti-Japanese organization asserts do not reach ろ and 100,000 people, either.

The report posture of Choson Ilbo repeats an opinion, without showing basis "100,000 people."

It is twice sold "for hungry younger brothers". --

Choson Ilbo is one side and is summarizing the circumstances of women's that time as a result of having interviewed with the institution in which former comfort women's women live.

Although the circumstances against which women appeal are miserable and deep sympathy cannot be forbidden, inside also has such testimony.

if a woman called Mr. Kim スンオク who will be from Pyongyang and will be 91 years old has painful "circumstances and it is living in others' house from 7 years old -- an aid of hungry younger brothers' life -- it is a father's recommendation -- a dancing girl -- it was sold as a student (kisaeng) -- " -- it has stated.

Once again, Kim is one mind which wants to go home, and he earns gold and clears off a debt.Although it went back [ home ], a father will sell Kim again and it will go to the service club the "Shimen child" of China and Heilongjiang.

The play was given as comfort women for about five years -Kim has stated to the paper like this.

Although it also becomes bored by the fact of having been sold to the father over extreme poverty, therefore 2 times, sympathy cannot be forbidden to it, but a cause is the fact "the father sold the daughter."

At the interview of Choson Ilbo, when working at "factory, asked others that money can be earned, but"The talk of the woman that it was collection of comfort women", a house cannot go to school painful,It rides on the invitation talk of being allowed to study by the ability to also earn money in 1940, works at the hotel in Ulsan (Ulsan), and will be taken to one North Korean and one Japanese at Nobuyoshi of China in 42, and the talk of the woman of having passed as comfort women" etc. will come out for three years.

Female abduction frequent occurrence by a hometowner

Although South Korean media, such as Choson Ilbo, quote such a talk frequently and make it the ground of a Japanese criticism, they do not verify about social circumstances of those days.

The incident [ abduction / the Korean native person / in South Korea of those days / the incident / the woman ] (Dong A Ilbo dated August 31, 1939),While the girl prostitution cases (the paper dated June 30, 33) by the Korean Peninsula native person, etc. were occurring frequently, there was an occurrence (the paper dated March 15, 39) in which the women [ abduction / women / the Japanese peace organization ] were rescued.

Do you show such a fact and can't expect the South Korean media the report posture in which Social situation
is piled up and verified?

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